ネット通販事情を紹介する企画ニュースで、「産地直送のこだわり商品」「生産者のこだわり」「国産にこだわった」「サイトのこだわり商品」と、3分間に4回も「こだわり」を使っていました。安直な表現だと思うものの、それだけ定着したのかと、諦めるしかありません。
  『空言舌語』で「こだわり」について書くのは2回目です。「こだわり」とは【つまらないことを必要以上に気にかける】が本来の意味、と書いたのが2002年6月でした。それから4年余。その間に「素材にこだわった逸品」のように「些細なことにまで気を配る」という積極的な意味で使う事例が増殖してきました。辞書にはなかった用法=誤用が完全に一般化してしまったのです。
  こういう用法を広めたのは放送に他なりませんが、社内でアナウンサーやディレクターに聞いてみると、「つい使ってしまう」「何の抵抗もなく使っている」という答えがほとんどで、「誤用だから使わない」という頑固者は見当たりませんでした。
  4年前なら「これは誤用だから、私は使わない」と説明すれば理解してもらえましたが、今では完全に少数派、ほぼ絶滅種です。まさに四面楚歌。「言葉の変化は誰にも止められない」ということです。
  しかし、若い人の多くが、「こだわる」のはよい事だと思い込んで、本来の【小事に執着して大事を忘れる】という意味を忘れてしまうとしたら、正に「ひさしを貸して母屋を取られる」です。
  「こだわる」の意味変化と似た誤用現象としては、感動した意味で使う「鳥肌が立つ」、いきなりの意味での「おもむろに」、腹が立つ時の「むかつく」などが勢力拡大中です。
  「大人のこだわりに、こだわります」。これは10月にスタートする東海テレビの日曜の新情報番組「スタイルプラス」のポスターのコピーです。やはり流れは止められないようです。
  言葉の変化には、慎重に、一番後ろからついて行けばよい、というのが私の考えですが、今後変化を認めざるを得ない言葉がどれだけ出現するのでしょうか。残念ながら言葉の変化は、加速傾向にあるようです。

(2006年09月28日)