石井光三オフィスプロデュース
かし☆きり企画 「やかましい人々」

正司照枝 正司歌江 正司花江
磯野貴理 佐藤B作
“かし☆きり”4人組に、これまた芸達者な佐藤B作が加わり、家族をテーマに、笑って笑って、ちょっと痛くて、温かくて懐かしい、そんな物語をお送りします。
かしまし娘、磯野貴理の初共演のハートウォーミングコメディにご注目ください。
- 日 程
- 11月1日(土)〜3日(祝) *開場は開演の30分前
1日(土) 13:00開演
2日(日) 12:00開演
3日(月・祝) 12:00開演 - 会 場
- 名鉄ホール(名鉄百貨店・本館10階)
- 作
- 中島淳彦
- 演 出
- 三宅恵介
- 出 演
- かしまし娘=正司歌江 正司照枝 正司花江
磯野貴理 佐藤B作
井之上隆志 土屋裕一 花柳輔蔵
星野園美 京極圭
大沢ゆかり 友寄由香利 國行しげ美 - 主 催
- 東海テレビ放送/キョードー東海
- 企画製作
- 石井光三オフィス
- お問合せ
- キョードー東海 052-972-7466
- 前売開始
- チケット好評発売中!
- 料 金
- S席 8,000円/A席 6,000円
(全席指定・消費税込み)
お子様もお一人さまにつき、1枚チケットが必要となります
- キョードー東海
- 052−972−7466
- 名鉄ホール
- 052−561−7755
- チケットぴあ
- 0570−02−9999
(Pコード:387-885) - ローソンチケット
- 0570−084−004
(Lコード 47906) - CNプレイガイド
- 0570−08−9999
- e+(イープラス)
- http://eplus.jp
あらすじ
富子(歌江)、金子(照枝)、銀子(花江)はそれぞれが独り暮らしをする70代の三姉妹。
ある日、富子が宝くじを当てたらしいとの噂が、金子、銀子の耳に入った。
二人が家を訪ねてみると、富子はお手伝いさんを雇い、電動カートを乗り回し、確かに羽振りが良い様子。富子ばかりが良い思いをしているのを見て、久しぶりの姉妹喧嘩が始まる・・
やがて宝くじが当たったのは勘違いだとわかる。
宝くじを買ったのは事実だが、その抽選日はまだ先のことであった。
お手伝いさんも電動カートも、一人暮らしの老後の生活のために無理をして手に入れたものであった。
三人は昔話に花を咲かせる・・三人で力を合せた頃は苦労もあったが楽しくもあった・・
丁度その時、富子の家を訪ねてくる女がいた。
銀行員を名乗る若い女、磯部矢井子(磯野貴理)であった。
宝くじの噂は、あちらこちらに広まっているらしく、
その金を目当てにした人々が、次々と現れる。
磯部の他にも、金策に困り果てた中小企業の社長
塩塚大作(佐藤B作)やら、あきれた連中が次々に富子の家を訪ねてくる。
てんやわんやの騒動のあと、逆にやりこめられる人々・・
人が人をだますことの寂しさ悲しさを、三姉妹から教えられることになるのだった。
経験者の言葉だけに、それは重く彼らの胸に響く・・・
歌あり、踊りあり、そして人間の心があり・・
たっぷり笑えて、ちょっぴり哀しい、そんな物語。
かしまし娘
かしまし娘は、正司歌江、照枝、花江の三姉妹、三味線とギターを操っての音楽漫才トリオである。
両親が旅役者であったことから、三人ともに3歳で初舞台を踏む。長女歌江12歳の頃に次女照枝と組んだ姉妹コンビは、天才少女漫才と喝采をあびた。その後、三女花江を加え、「かしまし娘」を結成。
「〜♪ウチら陽気なかしまし娘 誰が言ったか知らないが 女三人寄ったら かしましいとは愉快だね〜♪」のテーマソングとともに、老若男女を問わず全国的に親しまれ、一世を風靡した。その後も芸の道ひとすじ、演芸、お笑い番組、トーク番組はもちろんのこと、それぞれ女優としても、テレビドラマや演劇舞台、映画などでも活躍、確かな芸に裏打ちされた演技力と魅力は、数多くのファンの心をつかんでいる。また、三人揃っての公演では、現在も息の合った舞台で観客を魅了し続けている。
1966年上方漫才大賞(かしまし娘) 2005年上方お笑い大賞審査員特別賞(かしまし娘)
1996年大阪市文化功労表彰(正司歌江) 1999年文化長官表彰(正司歌江)
磯野貴理
アイドルグループ「チャイルズ」としてデビュー。「森田一義アワー笑っていいとも!」で女性初のいいとも青年隊として出演し、以後、テレビの世界で活躍。「はやく起きた朝は」「熱血!平成教育学院」「行列のできる法律相談所」など多くのレギュラー番組をかかえ、バラエティ番組に多数出演する一方、「零れる果実」(演出:蜷川幸男)など舞台、またテレビドラマでも活躍する俳優としての一面を持つ。毎年恒例の「はやく起きた朝はオンステージ」では、サービス精神にあふれた変幻自在ぶりで、客席をわかせている。
佐藤B作
1973年、「誰にでもわかる軽演劇(ヴォードヴィル)をやろう」という志のもとに劇団東京ヴォードヴィルショーを結成、現在も座長を務める。1978年劇団として第15回ゴールデンアロー賞芸能賞(新人賞)受賞、その後、テレビなどでも活躍しその存在感はお茶の間にも浸透した。現在では映像、舞台にかかわらず、コメディにはかかせない存在でありながら、同時に独特の味わいのある高い演技力で、渋い役どころもこなす稀有な俳優として活躍している。1986年紀伊國屋演劇個人賞、1999年名古屋演劇ペンクラブ賞個人賞受賞 、2004年第1回喜劇人大賞特別賞受賞
中島淳彦(作)
20歳で劇団ホンキートンクシアターを旗揚げ、作・演出を手掛け、自らも出演。同劇団で10年間活動し、その後は脚本家として活躍する。同劇団解散後「劇団道学先生」「劇団ハートランド」の座付き作家として活動、主に人情味のある喜劇を得意とし、現在ではテレビ、ラジオドラマの脚本他、多数のプロデュース公演、カンパニーに渡って戯曲を執筆している。遊び心がいっぱいで楽しいうえに見ごたえあり、「人情喜劇」と評される独特の作風が、観客を惹き付け、旬の作家の一人として多くの人気を集めている。
三宅恵介(演出)
1971年現在のフジテレビ(当時フジポニー)に入社。以来、現在まで主にバラエティー番組の制作に携わる。ディレクター、演出家であり、プロデューサー。自らの露出もあってその名を一般視聴者にまで浸透させた「オレたちひょうきん族」はもとより、その手掛けた作品は膨大にして、聞けば誰もがうなずく名番組、また番組作りでタッグを組んだタレントは超一流ばかりという、笑いに携わる人間にとって知らぬ人のない名ディレクターである。常に現場にこだわる姿勢は、多くのテレビマンが憧憬を持って追いかける存在でもある。傍ら、数々の舞台作品も精力的に手掛けている。

