二百二十四、
2012/5/11
三 羽
日本語特有の難しさのひとつに、物を数える際の助数詞の変化があります。鉛筆は「イッポン」「ニホン」「サンボン」のように、数との組み合わせで助数詞「本」の読み方が変化します。濁音になったり半濁音になったり、また促音化したりします。ややこしいことこのうえありません。それでも我々は子供の頃から成長する過程で、助数詞の変化を無意識に使い分けてきました。ところが最近、この数に合わせた変化をしない例が増えているのです。
新潟県の佐渡で、自然界に放たれたトキがヒナをかえしたニュースがありました。確認されたヒナは三羽。それを伝えるアナウンサーの読みに「サンバ」と「サンワ」の二通りがあったのです。三羽は「サンバ」のはず。辞書で「羽」を調べると、用例で「にわとり三羽(サンバ)」(大辞林)となっていました。やはり「サンバ」と濁るのが伝統的用法と判断できます。
「三」で助数詞が濁るもののうち、使用頻度が高いのは「軒」「階」「匹」でしょうか。これらも最近は濁らず読む傾向が若い世代で顕著です。テレビでも「火災でサンケンが全焼」「ペットの犬がサンヒキ」のような読みをするケースが珍しくなくなりました。また、エレベーターの音声案内も「サンカイ」と言うものがあったりします。
「三(サン)」に続く助数詞が変化するのは「ン」の影響ですが、ともに「ハイ」と読む「杯」と「敗」では、「三杯(バイ)」と「三敗(パイ)」。「ヒョウ」と読む「票」と「俵」も、「三票(ビョウ)」「三俵(ピョウ)」が正しい読み分けです。考えすぎると頭の中が混乱しそうです。そのせいでしょうか、変化すべき時でも清音のままですませるのは。
他にもあります。数が関係しなくても「何階(カイ)へ行かれますか」「あと何分(フン)ですか」「何本(ホン)ありますか」のように、変化すべき助数詞を清音のまま使うのが普通にになってきました。
見方によっては、使いやすくする「単純化」と解釈できなくもありません。ただ、私には伝統無視の「手抜き」に思えるのです。「ナンフン」や「ナンホン」は、どうしても違和感がありますが、この傾向は収まりそうもありません。そのうち千羽鶴も「センワツル」になってしまうのでしょうか。