高井アナの空言舌語

東海テレビアナウンサー高井一が、正しい日本語の読みや、謂れをご紹介します。

2002/4/22
一、
はじめに
 昨秋まで十三年間、夕方のスーパーニュースを担当していたが、それを世代交代した今は、若いアナウンサーの仕事振りを見守る毎日となりました。
 スタジオを離れてニュースを視ていると、放送で使われる言葉には不思議・不自然なものが少なくないことに気がつきました。また日常生活で交わされる言葉には誤用や混乱が幅を利かせ、折角の美しい日本語表現が絶滅してしまうという危機感はつのるばかりです。
 そこで、これまで毎日「日本語の最適表現」を考えてきた経験をいかし、皆さんにも生活道具としての言葉にもう一度眼を向けてもらうきっかけを、この場を借りて提案していきたいと考えています。題して「空言舌語」――何かの参考にして頂けると幸いです。
 一回目は、最近とても気になる言葉からです。
 それは「行う」です。
 特にニュースで「行う」を安易に多用しているのが耳障りでなりません。例えば、「現場検証を行い」はよいとしても、「練習を行い」「テープカットを行い」果ては「花見を行う」「活花を行う」「虐待を行う」「対局を行う」と、どんなケースでも「行う」ですませていることがNHK・民放を問わず見られます。
 ニュースは、人間の行いとその意味や結果を伝えるものですが、どんな行為にも「行う」を使うのはいささか安直すぎます。
 私は「行う」を安易語と呼ぶことにしました。
 放送だけでなく日常の会話でも、「パソコンする」「お茶する」「パスたる(パスタを食べる)」「タクる(タクシーに乗る)」のように、動作を簡単に表現することが、とくに若者の中に多く見られます。
 このままでは、そのうち「食事を行う」や「食る」になってしまわないかと心配になります。
 日本語には、その行為にふさわしい表現がちゃんとあって、例えば囲碁は「打つ」で将棋は「指す」。花は「活ける」で茶は「立てる」。相撲や舞台の世界に練習はなく、「稽古」を積むことで上達するのです。
 また、水にまつわる表現では、「撒く」と「打つ」は違うし、「注ぐ、差す、張る」の使い分け……皆さん大丈夫ですか?
 「行う」だって、そのニュアンスは「実行」「断行」「決行」「挙行」「愚行」と、表情はさまざまあるはずです。
 「この場面ではどの言葉を選択するのが最良か」を常に考えるのは、社会人の心構えではないでしょうか。