



- ―最後を締めくくるのは、もちろんこの方のインタビュー。ミヤコ蝶々さんの激動の人生を全身全霊で演じた映美くららさんだ。
- 「クランクアップが近づくにつれ、1日、1日の撮影を悔いが残らないように、大切にする気持ちで演じてきましたが、撮影を振り返るとやっぱりあっという間でした。お稽古から数えると半年ほどこの作品に携わってきましたが、大変なこともいろいろとありました。しかし、そのすべてが今は良い思い出になっています」
- ――撮影では最後の最後まで映美さんにはたくさんの場面があったが、現場では常にハツラツとした笑顔。キャストの皆さんも「映美さんはタフ」と語っていたほどだ。
- 「自分でもタフだと思います。そりゃあ人間ですから疲れるときもありますけど、なんだかんだ言って乗り切れていました。撮影が終わって、ガクッ!って来るかな、と思ってたんですけど、それもなく。蝶々さんからパワーをもらって、逆にエネルギーが有り余っているくらい(笑)。
私は17歳のときに宝塚(音楽学校)に入りましたが、そのことが今回、自分をとても助けてくれました。宝塚で経験したこと以上に大変なことってそうないだろう、というくらいの出来事がいっぱいあったので、『何があっても乗り越えられる』という気持ちが私の中にあったんですね」

- ――撮影が終わり、映美さんは今何を思っているのだろうか。
- 「女優という仕事に対し、これまで以上に火がつきました。それが一番の収穫ですね。今はお芝居をもっともっとやりたい、演じたいという気持ちです。
お芝居って、終わりも正解もないと思うんです。もし蝶々さんを5人の女優が演じたら、5人が5人違った蝶々さんになるだろうし、私がもう一度蝶々さんを演じても、これまでと同じにはならないはずです。演じても演じても“その次”があるから、お芝居ってとりこになってしまうのかもしれないです」

- ――では撮影を終えての達成感は?
- 「半年間、今の自分が出せるものは全て出し切ったと思っています。精一杯演じましたから。でも私は欲深いので、思い返すと『こういうアプローチがあったんじゃないか』『もっと出来たことがあったんじゃないか』と、つい考えてしまうんですけど(笑)」
- ――映美さんにとって「鈴子の恋」はどんな作品になったのだろう。
- 「それが言葉ではうまく言えないんですよね。感じているものはいっぱい、いっぱいありますけど。簡単に『ターニングポイントです』とは言いたくないし、『私の宝物です』と言えばもちろんですけど、そんな言葉では収まらないくらい、いろんなことを感じてきたので。
自分が思うように出来なくて、そんな自分が悔しくてしょうがないときもありましたし、反対に喜びもたくさんあったし…。やってきたことは楽ではなかったです。何一つも。主役をやらせていただいたからこそ感じたものもたくさんあり、演技のハードルも、とてつもなく高かったですから。この経験、涙も喜びも私にとって無くてはならないものだったとは感じています」

- ――16歳から始まり、芸人として絶頂期を迎えるまでを演じた今回。ミヤコ蝶々さんの人生は映美さんの目にどう映ったのか。
- 「満足と後悔が交互にやってくることの連続だったんじゃないか…、と思います。それは誰もが同じかもしれませんが。(南都)雄二さんはわがままで好き放題の人生でしたけど、蝶々さんはそうじゃなく、全て受け止める側でしたよね。私なら受け止められないようなことをいっぱい経験してきたし、絶対蝶々さんには敵いません。それに現代にはいないんじゃないですか、蝶々さんのような女性は」
- ――実際の蝶々さんの晩年は、孤独にさいなまれていたこともあったとか。
- 「演じていても、なんて深い孤独や悲しみを抱えているんだろう、と思う瞬間が私にもありました。特にミヤコ蝶々と名乗ってからなんですけど、蝶々さんとしての顔と、本名・日向鈴子としての顔にどんどんギャップが出てきましたから。
いろんな人に愛され、芸人としても多くの人に『蝶々さん!』と親しまれ、愛されましたが、一人の女性としては亭主には好き勝手され、逃げられもしましたし。きっとどこにも弱音を吐く場所もなく、ただただ、辛さをひとり抱えて生きていらっしゃったんだろうな、と思いました」

- ――「ミヤコ蝶々」と名乗ってからも男性での苦労が絶えなかったが、その恋愛感に関しての感想は?
- 「多分、ヤナさん(三遊亭柳枝)にしろ、ユウさん(南都雄二)にしろ、完璧でない、どこか欠落した部分に惹かれていったんだと思います。蝶々さんって多分に、お父ちゃんの影響が大きくて、恋愛で苦労したのはあのお父ちゃんに育てられた影響もあると思いますよ(笑)。その上で包容力と母性が強くて。
まあ、結婚した二人はもともとダメなところのある男性だったとは思いますけど(笑)、蝶々さんには『この人だったら大丈夫』と安心して甘えられたんでしょうね」

- ――芸人である前に女性だったのか、逆に女性である前に芸人だったのか。
- 「両方ですね。どっちもあったと思います。“女”の部分は絶対に捨ててないけれど、芸人であることも常に意識していたんじゃないか、と。自分の中でミヤコ蝶々と日向鈴子がせめぎ合い、折り合いをつけつつ生きてこられたんだと思います」
- ――ところで映美さんにとっては、鈴子から蝶々に名前が変わったあたりがとても大変な時期だったそうだ。
- 「台本で10週目(3月上旬の放送)からミヤコ蝶々と名乗り始めましたが、『ついにこの名前を背負うときが来た』と思ったら、ものすごい重圧が押し寄せてきたんです。一般的にも、そのお名前には強烈な印象がありますし、私の実年齢も超えてきますし、『私に演じられるのだろうか、どう演じればいいんだろうか』と悩みました。でも16歳から蝶々さんを演じてきたわけで、[『今、この人を誰より理解できるのは私しかいない』と自分を奮い立たせて、乗り切りました」

- ――撮影で印象に残る場面や思い出に残るシーンを挙げていただくとしたら?
- 「生まれたときからずっと人と別れることで人生が続いていったような気がしています。ドラマの中で本当にたくさんの別れを経験しましたから。恋人、両親、仲間…。
そもそも蝶々さんの人生って実の母親と別れるところから始まっているんですよね。大切な人と別れることでさらにステージが上がっていった気がします。誰かと別れるシーンを撮るたび、『ああ、また行っちゃった』と思いました。気がつくと一人になっていて、蝶々さんの別れの人生のことを考えると、今でも胸が締め付けられます。
またもう一つ、ナレーションの言葉に『どんなに悲しいときでも、人を笑わせるのが私の生業でした』というものがあって、蝶々さんの生き様をまさに表している言葉だと思いましたね」
- ――映美さんの熱演は誰もが認めるところ。もしミヤコ蝶々さんがこのドラマを観たら、なんと言うだろう。
- 「えー。そうですね…。叱られると思います。『アンタ、何やってんの!』と(笑)。私は蝶々さんに叱っていただきたいです。でもお会いするのはちょっと怖いかも(笑)。
今回は30代の映美くららが蝶々さんを演じさせていただきましたが、もし願いが叶うなら40代、50代でまた蝶々さんを演じたいです。今回とはまた違うものをいっぱい感じるだろし、表現もできるでしょうし。
最初に演技に対して火がつきました、とお話ししましたが、『鈴子の恋』という作品に出会えたことを次に進むための良いスタートにして、『また映美の蝶々さんを見たい』と皆さんに思っていただける女優になれるよう頑張っていくつもりです」
