「ゲノム編集」という言葉をご存知でしょうか。簡単に説明すると遺伝子の情報を書きかえて生き物の特徴を変える技術で、人工的に突然変異を起こすような技術です。食べ物の品種改良などへの応用が進んでいます。

 ぽっちゃりしたマダイや、油を増やす植物も誕生していて、早ければ来年にもゲノム編集した食品が私たちの食卓に上がるかもしれません。

■“ゲノム編集”でマダイが通常の「倍のサイズ」に!

 和歌山県白浜町にある近畿大学水産研究所。世界で初めてクロマグロの完全養殖に成功した、あの「近大マグロ」を生み出した研究所です。

 現在研究中の映像を特別に見せてもらいました。

 施設内にある水槽を泳ぐのは マダイ。一見、普通の養殖のタイと変わらないようですが、よく見ると普通のマダイと一緒にちょっと“ぽっちゃり”したマダイがいました。

 並べて比べるとその差は一目瞭然、体の幅が通常の倍近くあります。この“ぽっちゃり”マダイを生み出したのが「ゲノム編集」という新しい技術です。

■ゲノム編集とは一体…大まかにわかるように「タンス」で説明

 ゲノム編集の「ゲノム」とは、生き物の細胞の中にあるすべての遺伝子の「情報」のこと。遺伝子をタンスに例えると、1つ1つの引き出しには、「目が青」など体の特徴を決める遺伝子が入っています。

 どの引き出しに何がはいっているのかが書かれた、すべてのラベルの情報のことを「ゲノム」と呼んでいます。

「ゲノム編集」とはこのタンスの引き出しを抜き取るように、狙った遺伝子だけを操作して生き物の特徴を変える技術です。

近畿大学水産研究所・家戸敬太郎教授:
「(体の大きい)マダイは、筋肉が増え過ぎるのを抑える遺伝子の働きを止めてあるんですね」

 さきほどのマダイは、筋肉が増えすぎないようにする遺伝子をゲノム編集で切断したため、ぽっちゃりマダイになりました。

 難しそうな話ですが「ゲノム編集」の作業は意外と簡単。ぽっちゃりマダイの作り方は、マダイの受精卵に狙った遺伝子を切る、ハサミの役割をする“酵素”などを注入するだけ。これで“編集”は完了です。

近畿大学水産研究所・家戸敬太郎教授:
「ゲノム編集も1990年代の終わりから色々な技術が出てきて、最初は手軽なものではなかったんですけれども、それがどんどん改良されて、最近開発された技術は非常に手軽で、色々な生物に応用できる技術になっています」

■“モミの数も2割増し”食糧不足対策にも…広がる「ゲノム編集」

 近年、遺伝子を切り取る技術が飛躍的に進歩し、ゲノム編集はさまざまな分野に広がっています。

 国が、さまざまな農作物の品種改良をしている茨城県つくば市の「農研機構」。

 厳重に管理された有刺鉄線と高いフェンスの向こう側には青々とした田んぼがありますが、このイネもゲノム編集されたものです。

 通常のイネと同じに見えますが、この田んぼで去年収穫したイネを見せてもらうと、明らかにモミの数が違いました。従来の品種より2割近く増えたといいます。

 特定の遺伝子の一部を切ることで、モミの数を増やしていて、限られた田んぼの面積でコメの収穫量を増やすことができます。

農研機構 上級研究員 小松晃さん:
「2050年には世界人口が90億人を超えますので、地球上にある全ての栽培地に作物を植えても、(食糧が)足りないということは分かっていることです。ゲノム編集は、非常に良い技術だと思っています。いろいろと課題はあるのですが、徐々に広まっていくのではないかと考えています」

 限られた資源で、より大きな魚や多くの穀物を作る。ゲノム編集は、近い将来 食料不足に直面するこの世界を変える可能性を秘めています。

■どう違う?実用化されている「遺伝子組み換え」と「ゲノム編集」

 ところで、大豆などの品種改良で「遺伝子組み換え」が実用化されていますが、どう違うのでしょうか。

 遺伝子組み換えは、他の生物から遺伝子を組み込むため、自然界では起こりえない変化です。

 これに対し、ゲノム編集は、もともとの遺伝子を切断するだけ。自然界で起こる「突然変異」と同じような変化をするので安全性は高いと主張する研究者が多くいます。

 このため国は、ゲノム編集をした食品を流通するための認可を進めていて、早ければ来年にも食卓に「ゲノム編集した食品」があがるとみられています。

■「自然とかけ離れている」…街の人はまだ不安

 身近な存在になりつつある「ゲノム編集」ですが、街の人に聞いてみると…。

2人組の女性:
「ちょっと怖いです」
「編集とかっていうと、自然とかけはなれているので、あえてそれを食べたいというイメージはまだわいてこない」

男性:
「ちゃんと(ゲノム食品)表示はしてほしいなという気はしますし、日常で口の中に入ってというものなので…」

 みなさん、なんとなく「不安」なようです。

 実際、名古屋大学などがゲノム編集の印象について聞いたアンケート調査でも6割近くの消費者が「予期せぬ悪影響がある」と思うと回答しました。

 多くの人が不安を感じる一方で、専門家は商品化された場合、食品表示に「ゲノム編集」であることは記載されない可能性が高いと指摘します。

名古屋大学 環境学研究科 立川雅司教授:
「表示を義務化した場合にはルールを作りますので、違反者がいたら罰則を科さないといけないわけですね。その違反を摘発することがゲノム編集の場合はすごく難しい」

 ゲノム編集をした生き物は、自然界で突然変異した生き物と区別ができないため、食品表示などを義務化しても、事実上チェックが難しいといいます。

名古屋大学 環境学研究科 立川雅司教授:
「我々はゲノム編集に接してまだ期間的に短いわけですので、これが長期的にどういう影響があるかは長期的に見ていく必要がある」

■食品だけじゃなかった「ゲノム編集」…環境分野での貢献の可能性も

 一方、食品以外の分野でも、私たちの生活を変えるかもしれない研究が愛知県で進められていました。

 愛知県日進市にある自動車部品メーカー「デンソー」の先端技術研究所。ここでは大量の藻が培養されていました。

デンソー バイオ材料課 吉満勇也さん:
「油を染める試薬で染めると光るんですけれども、(体の)50%~60%が油になっているので、人間でいうとかなりメタボな状態になっています」

Q.これは何の研究になるんですか?

吉満さん:
「バイオ燃料の研究になります」

 緑の藻が燃料に!「ゲノム編集」でより多くの油を溜めこむ藻をつくり、その油からガソリンに代わるバイオ燃料をつくる研究が進められていました。

デンソー バイオ材料課 吉満勇也さん:
「ゲノム編集を使うことで、ある意味パズルのピースを組み立てるように、今まで偶然に頼っていたものを、必然的に欲しいものを作っていくということができるようになっていくと思います。私どもは、バイオ燃料というかたちで環境分野で持続可能な社会に貢献できる可能性を秘めていると思っています」

 食料危機や、エネルギー問題など多くの課題を解決するかもしれない「ゲノム編集」。私たちにとって、より身近になる一方で、その理解を深める議論が求められています。

※記事冒頭の<ゲノム編集されたマダイ(左)と通常のマダイ(右)>の画像と、<水槽を泳ぐマダイ>の画像はそれぞれ近畿大学・京都大学提供