岐阜県飛騨市にある創業150年の酒蔵「渡辺酒造店」。新型コロナの影響で経営の危機に直面しましたが、次々と打ち出すアイデアで危機を乗り越えています。

■良いと思ったら全て取り込む…9代目の信念

 岐阜県飛騨市の酒蔵、「渡辺酒造店」。蔵元は9代目、渡辺久憲社長(51)。

 中を案内してもらうと、多くの酒造メーカーと同様に機械化が進むなど一見普通の酒蔵ですが、タンクにはびっしりと見学した人のメッセージが書かれていて、「ありがとう」のパワーを貯蔵しているといいます。

ポジティブな言葉をかけるとお酒がおいしくなると話す渡辺社長。ほかにも蔵の中では『吉本新喜劇』のCDが流されていました。

渡辺さん:
「島木譲二さんがいらした時に、突然裸になってパチパチパンチやりだしたのですよ。『お笑いパワーで美味しいお酒にしてやる』って。“お笑いパワー発酵”というのを、その時ひらめきまして」


 良いと思ったアイデアは取り込む。

 奇抜なアイデアですが、作り出すお酒の味は折り紙付きです。

 蔵を代表する純米吟醸酒「蓬莱」は、ベルギーの国際的なコンテストで「味と香りのバランスがいい」と最高位の3つ星を獲得。

その他にも、これまで25種類の日本酒が、国内外60以上のコンテストで受賞するなど、高い評価を得ています。

 全て10年前に渡辺久憲さんに代替わりしてからのもので、売上も6倍の12億円にまで伸びました。

■「送料1000円のみで買える日本酒」に「消毒液」…創業150年の節目の経営危機もアイデアで乗り越える

 しかし、改元のお祝いムードだった去年から一転。今年は新型コロナの影響で祭りが中止になるなど、特に全体の4割を占める地元の売上が、4~5月は8割ほどダウンし、創業150年の節目の年に、経営の危機が訪れました。

渡辺さん:
「創業以来でもなかなか無い。2番目くらいじゃないですか、こんな困難は」


 困難にぶつかると見返すのは渡辺家の年表です。

そこには、116年前の明治37年、町全体が焼ける大火事で、渡辺酒造店も全焼したとの記録があります。

渡辺さん:
「蔵も屋敷も全部燃えちゃったけど、4か月後には酒造りを始めている。このたくましさですよ。(コロナを)何とか乗り越えれば、また一回り成長できるかなと思いますね」

 代々伝わる「不屈の心」。渡辺さんは、コロナ禍だからこそのアイデア商品を、次々と打ち出してきました。

 1000円の送料のみで買える、新型コロナの終息を祈願した日本酒。

 アルコール造りのノウハウを生かした消毒液の開発。

5万円の日本酒をコロナの陣中見舞いとしてプレゼントする企画を実施。

 ツイッターで募集した結果、フォロワーはおよそ12万人と10倍に急増しました。

 コロナ禍を機に進めたデジタル化も突破口のヒントになりました。オーストラリアをはじめ海外の取引先と「オンライン蔵見学」を始めると、これが大好評。

 8月の輸出は、去年と比べて3倍以上になるなど、海外での需要が急激に伸びています。

  同時に強化しているのがアイデア力です。

 月に数回、アイデアを社員も交えて出し合い、良いものがあれば、どんどん採用します。

 こうした努力の積み重ねで、夏の売上は去年を超えるほどになりました。

■酒米が余ってしまうかもしれない…ラベルだけ変えて販売 商品名は『裏事情』

 しかし、将来に大きな影響を与えかねない、重大な問題が起きていました。

 9月16日、タンクの中にはまだ1升瓶1万本分の日本酒がありました。タンクに空きがなければ、酒米が余ってしまうため、このままいくと来年は入荷量を3割カットせざるを得ません。

 渡辺酒造店を代表する酒、「蓬莱」の原料「ひだほまれ」。手の掛け方が違うというこの酒米も減収で農家が立ち行かなくなれば、手に入らなくなります。農家にも大きな影響を与える大きな問題です。

渡辺社長:
「農家さんがないと酒づくりができない。長い目で見たら農家さんの将来も考えて、例年通りの酒米を作っていただくのが一番優先すべきことと思っています」


 「農家を支えたい」と社長が打った一手が、『裏事情』という商品です。中身は『蓬莱』ですがラベルを変更し、価格を3割引きにして販売するアイデアです。

渡辺さん:
「我々の利益より、例年通り酒米を買い付けられるように。そんな裏事情がありまして、こういったネーミングで」


■「裏事情」が奏功…更なるアイデアで届けたい「サケ イズ エンターテイメント」

 9月25日、いよいよ始まった新酒造り。

 気になるタンクの中身は、『裏事情』の販売が功を奏して改善されました。削減率は当初の3割減から年末の売れ行き次第では1割5分まで減らせる見込みです。

まだまだ安心できる段階ではありませんが、更なるアイデアでチャレンジを続けます。

渡辺さん:
「人類未曽有の災いが、こんな飛騨の田舎まで影響があって、どう乗り越えるのか。渡辺酒造店の“サケ イズ エンターテイメント”を、よりたくさんの人にお届けします」