“三千櫻”という日本酒を手掛ける岐阜県中津川の老舗の酒蔵が、北海道へ移転して酒造りに乗り出します。

 移転の理由は、蔵の老朽化と平均気温の上昇。移転先では「町の新たな特産品に」と期待されています。老舗の酒蔵の100年先を見据えた挑戦に密着しました。

■壁が落ちて傾いた建物…酒造りの要となる麹室にも隙間風

 岐阜県中津川市。清流・付知川沿いに立つ、創業148年の老舗「三千櫻酒造」。

 ここで酒造りを始めた初代の山田三千助にちなんで、地酒の名前は『三千櫻(みちざくら)』です。

 山からの湧き水を使って仕込んだお酒。年間一升瓶2万本を造ります。

 すっきりとした甘口でもキレがあり、どんな料理にも合うと評判で、東京などへも出荷。ファンを拡大してきました。

 本来であれば、新酒のための準備に追われるはずのこの時期。しかし今年は違いました。杜氏も務める、6代目の山田耕司さん(60)は、北海道への移転を決めました。

 理由の一つが老朽化です。酒造りの要となる麹室。明治時代に建てられた蔵の中は、隙間風が気になるほど傷んでいました。

山田さん:
「外壁はもっとボロい。裏回ると、結構(壁が)落ちちゃってて。全体的に、建物が向こうに傾いているので」

山田さん:
「これでも随分、だましだましやってたんですけどね。危ない感じになってきましたね」

■環境の変化で思うような酒が造れない…条件良い場所でもっと良い酒を

 もう一つの大きな理由が、温暖化による、平均気温の上昇です。

 お酒の味を守るには徹底した温度管理が必要。わずかな気温の変化でも、思うようなお酒を造るのが難しくなってきたのです。

山田さん:
「ここでできる、精一杯のクオリティを目指して造っていたのですけど。杜氏として、“もっと高いところにいきたい”欲求はすごくあるから。条件がよければ、もっといいものができるので。寂しいけどね。歴史で飯は食えないので」


『三千櫻』を守るための決断でした。

■大雪山から湧き出るきれいな水で造った酒を名物に…北海道東川町の一大事業

 移転先は、北海道の中心に位置する東川町。道内最高峰の大雪山の麓、人口およそ8300人の町です。

 町の自慢は、大雪山から湧き出るきれいな水。そして、その水でつくったお米です。

 町ではこの2つを生かせるお酒を、ふるさと納税の返礼品をはじめ、町の名物にしたいと考えていました。しかし、東川町には酒蔵がありませんでした。

 そこで、町などが建設費を負担して酒造りができる職人を招き入れる、公設・民営の新しい酒蔵をつくることになりました。

 どの酒蔵を選定するのかを決めるために行われたプレゼンテーション。山田さんのプレゼンには『三千櫻』への熱い思いが込められていました。そして結果は…。

東川町の松岡市郎町長:
「本日は、山田さんから熱い思いの提案書をいただきまして、全会一致で可と決定いたしました」

山田さん:
「三千櫻があと100年っていう大きな目標があるので、この場所で、それができたらいいなと思います」

■煙突から出るあの匂いがしなくなるのは寂しい…中津川の常連は寂しさ隠せず

 明治から続く中津川の『三千櫻』は、この日で蔵じまい。

 最後の夜、長年ひいきにしてくれている夫婦が、お別れにと一席設けてくれました。

 振る舞われたのは、山田さんの『三千櫻』を使った料理です。

山田さんの友人:
「140年っていう歴史のある酒蔵屋さんですし、おいしいお酒も造ってもらっていましたので。もう煙突から出るあの匂いがしなくなるのも、寂しいですよね…」

山田さん:
「そりゃ僕も、寂しいけど。北海道でいい酒を造れば、全て解決するのかなっていう気がする」

■歴史ある製法はそのまま…「プロとしてどこでも酒を」新たな土地で新たなる挑戦

 北海道の中心に位置する東川町。新しい酒蔵が完成し、酒造りがまもなく始まります。

 温度管理の設備が整った麹室。中津川で使っていた、愛着のある貯蔵タンクです。

山田さん:
「(貯蔵タンクは)トラックに載せてフェリーで。大変でしたよ」

 原料が違えば、当然味も変わります。それでも歴史ある製法はそのまま。仕込むお酒の名前は、これまでと同じ『三千櫻』です。

山田さん:
「プロ集団なので、どこでも酒はできなきゃいけないとは思っています。僕らのできるお酒を造ることが一番なので、愛していただけるかどうかは、評価が分かれるかもしれませんけど。お世話になった方がたくさんいるので、そういう方に少しでも早く届けられたらなと思います」

 仕込みが始まるのは、11月中旬。年が明けると、新しい『三千櫻』が誕生します。