既存の美術教育や伝統の影響を受けていない人たちが作る独自のアート「アールブリュット」が今、世界中で注目されています。作者には障害のある人も多く、日本のアールブリュットは海外で高く評価されています。

 三重県松阪市のある障害者施設で描かれるアールブリュットには、アートの天才たちの自由な表現が溢れていました。

■「ぐるぐる」「コロコロ」…海外からも評価が高い障害者が自由に描く独自のアート

 三重県松阪市の「希望の園」。活動の中心はアートです。

森啓輔さん:
「森田健作千葉県知事です。僕が生まれてないときには知りません」

 森啓輔さん(31)が描くのは、デヴィッド・ボウイ「Star man」、谷村新司「喝采」、アンディ・ウイリアムス「ムーンリバー」などのスターです。人呼んで『色の魔術師』。フランスやドイツのアートフェアにも出品しています。

 般若心経を唱え始めたのは、重度発達障害の、のりみちさん(29)。

村林園長:
「何を描くというのはなくて、ただただ独り言を言ったり、般若心経を唱えたりしながら、ただ、ぐるぐるぐるぐる回すだけ…」


 作品に没頭する時は、お気に入りのベートーベンを聴きながら、ぐるぐる…ぐるぐる…。一体、何を描いているのかは、のりみちさんしか分かりません。

 東京やヨーロッパで引っ張りだこの自閉症の岡部志士さん(26)が本当に作りたいのは、絵ではなくクレヨンの削りカスで作った作品「コロイチ」です。

 クレヨンを削って、コロコロ…コロコロ…。岡部さんにとってあくまでも絵は、コロイチを作るための残りカス。

■「生きる=描くこと」…キャンパスに描き出される「剥き出しの自分」

 希望の園の園長・村林真哉さん(58)は、ドイツにも留学した画家です。帰国後、美術教師として特別支援学校に勤め、そこで障害者と出会いました。

 彼らにとってアートは生きること自体、と話します。

村林園長:
「彼らの創造性であるとか、純粋性とかエネルギーとか、そういうのに非常に感動しました。学んできて出るものじゃなくて、全部自分なんですよね」

 「ありのままの自分。彼らのそこをうまく生かして発表することで、世の中の価値観が広がると思った」と話します。

■作品に常に描かれるのは“握手”…10代で才能が開花した電車とアイドルが好きなアーティスト

 知的障害の早川拓馬さん(31)が好きなものは、電車とアイドル。以前は別々に描いていましたが、ある日、なぜか一体化しました。

村林園長:
「細かさと大胆な発想がドーンとくる。握手が好きで、アイドルの握手会とか、ああいうのから来ていると思う」

 拓馬さんの世界は、好きなものであふれています。

拓馬さん:
「これは近鉄だよ。近鉄通過待ち握手会。あるねぇ、いっぱいだよ。近鉄いっぱい」

 絵を始めたのは小学校の頃。一般公募のある美術展で、何度も入賞するなど10代のころから才能が開きました。

早川さんの母親:
「絵は集中すると、ご飯も食べないで描くぐらい。心を和ませてくれるというか」

 個展を開いた時に、拓馬さんの絵を泣きながら見ていたおばあさんが『被災地にも送ってあげたら』と言ったといいます。拓馬さんの母親は、拓馬さんにそうした力があると感じています。

 作品には、いつも握手が描かれています。手と手をつないで、世界はひとつ。拓馬さんの夢のカタチです。

■「うまく動かないことが逆に個性に」…鳥が好きなアーティストの「予期せぬ線」がもたらす芸術性

 鳥を描き続けるアーティストがいます。ほんままいさん(36)。脳性麻痺による運動機能障害です。

村林園長:
「手がうまく動かないので、それが非常に個性になっている。予期せぬ線が出るわけです」

 送迎車の車窓から見た鳥を見て、描きたいと思ったまいさん。子供の頃、まいさんは筆を持てませんでした。希望の園の仲間たちに触発されて、絵を描くようになりました。

まいさん:
「鳥が飛ぶのを見て、飛んでいる姿の絵を描きたいです」

まいさんの母親:
「はじめは飛ばない鳥みたいで…。だんだん飛んでる鳥になってきた。色使いがきれいなので、ホッとするというか、癒されます。我が子ながら」


 空を飛ぶ鳥のように…。野に咲く花のように…。

村林園長:
「日本人全員こうなればいいのにとか思っちゃう。みんな不自由とか言うけど、表現なんて道を歩いていてもすればいい。自由もあたり前という風な人、世界になっていったら絶対もっといい」


 もっと自由に、もっと大胆に、アートの天才たちは今日も表現し続けます。