環境や経済、貧困や差別など世界が抱える様々な問題について、2030年までに達成しようという取り組み「SDGs」。その目標の中に「人や国の不平等をなくそう」と「すべての人に健康と福祉を」があります。

 2020年に名古屋で開かれていた展覧会では、絵画だけでなく色鮮やかな柄のネクタイやハンカチが並んでいました。デザインしたのは、知的障害のあるアーティストたちです。

 展覧会を開いたブランドは、障害者のアート作品を小物や雑貨などへ商品化し販売をしています。自身も障害者の兄を持ち、このブランドを立ち上げた男性は、「世界はもっと寛容で楽しくなる」と未来を描きます。

■独創的で鮮やかなデザイン…障害者が描いたアート作品を小物や雑貨へ商品化

 名古屋で開催されていた展覧会。そこには、愛知県と三重県の障害のある人たちが描いた12点のアート作品が並んでいました。しかし、ここでは作品を鑑賞するだけではありません。

松田さん:
「これ(絵)が4分割されて、アートのトートバッグになるという展覧会になっています」

 「ヘラルボニー」は、アート作品を小物や雑貨など、ファッションアイテムとして商品化しているブランドで、元広告マンの松田崇弥さん(29)が立ち上げました。

 独創的で鮮やかな柄の「アートハンカチ」。

 銀座の老舗洋品店とコラボした「アートネクタイ」(税別22000円)など。

 ネクタイの柄は、筆のタッチやペンのかすれ具合まで、上質な絹の糸で表現しています。

 「アートマスク」(4000円税別)は、間伐材から採れる特殊な繊維でできているなど、どれもデザインだけでなく、クオリティにもこだわっています。

 松田さんは、「『障害者が描いているからこそ高い』といわれるイメージまで持っていきたい」とこの事業の将来像を描きます。

■ブランド立ち上げのきっかけは知的障害ある兄の存在

 松田さんは3年前、ふるさとの岩手でヘラルボニーを設立。現在、東京と岩手にオフィスがあります。

 松田さんのお兄さんの日記帳。4歳年上の兄、翔太さんは先天性の自閉症で知的障害があります。お兄さんの存在が、会社を始めるきっかけになりました。

松田さん:
「兄貴の絵日記は、全然うまくないんですけど、キャラクターが相当異彩を放っていると思って」

松田さん:
「親戚のおじさんとかも『お前は兄貴のぶんも一生懸命生きろよ』って言われたりとか、近所の人からは『かわいそうだね』と言われたりだとか…。普通に兄貴も楽しそうに生きているのに、すごく失礼だなって」

 「障害者に社会的なバイアスがかかっている現状を打破したい」、その思いからこの会社を立ち上げました。

 ヘラルボニーは、障害者のアートを商品化するだけではありません。JR花巻駅の駅舎のラッピングや…。

 建設中の高輪ゲートウェイ駅のフェンスのペイントなど、様々なビジネスをしてきました。

 会社名は、兄の翔太さんの日記帳に幾度となく書かれていた言葉からとりました。

松田さん:
「謎の言葉なんですけど…。兄貴にとっては何かしら心にひっかかるところがあって、『ヘラルボニー』って言ったんじゃないかなと」

 辞書に載っていない不思議な言葉…。ヘラルボニーは、世の中に新しい価値を作っています。

■施設を訪ね直接作家と話す…障害者が描く独創的な作品を人間性含めて世の中に

 ヘラルボニーは、全国20か所の施設と契約しています。この日訪ねたのは、三重県松阪市の障害者施設。

松田さん:
「直接会って話してっていうプロセスを踏まないで、世の中に出していくっていうのは良くないんじゃないかなと思っていて」


 松田さんは、作品単体だけでなく、作家の人間性も含めて伝えることが大切だと考えています。

松田さん:
「いいですね、JR東日本ですか?」


 知的障害のあるアーティスト早川拓馬さん(31)。電車と女の子が好きで、この2つが合わさった絵を描き続けています。名古屋のギャラリーで展示したところ人気が高く、ヘラルボニーでの商品化を検討しています。

 電車の車体を早川さんの描く「女の子×電車」の絵でラッピング…。様々な夢が膨らみます。

■安くではなく“正当な価格”で販売することが助けに…職人とコラボの傘は2万円台後半に

 現在、ヘラルボニーの社員は9人。広告業界や物流会社など、福祉とは全く無縁の仲間が集まり、新しいビジネスに夢を膨らませています。

 この日松田さんは、デザイナーと夏に発売する新製品の打ち合わせをしていました。

松田さん:
「この傘がほしいってすごい問い合わせがあるので、この柄も100本作って…」

 日本橋の傘職人とコラボする計画です。売値は2万6000円から3万円の間に設定する予定です。

ヘラルボニーのデザイナー:
「福祉施設で原価以下の値段で売っていたり。600円かかっているのに500円で売っているとか。でもそれは、みんなでいいことしてるよっていう感覚で…」

 ヘラルボニーは、安くするのではなく正当な価格で売ることが会社の利益となり、世の中の助けにもなるという信念で運営しています。

 作品を商品化した場合、販売価格の3パーセントを作者に還元。例えば2万2000円のネクタイの場合、一本当たり730円ほどが作者に支払われます。また、企業とコラボして作品を展示する場合は、契約金のおよそ1割を還元しています。

■目指すは「マリメッコ」…ブランド名で知的障害のある作家の作品の柄が浮かぶように

 ヘラルボニーが目指すのは、フィンランドのブランド「マリメッコ」です。その名を聞いた時、その柄が頭に浮かぶ、そんな世界中の誰もが知るブランドを目指しています。

松田さん:
「『ヘラルボニー』と聞いた時に、知的障害のある作家の作品の柄が想起されて…。それ位の規模感のブランドになっていけば、知的障害のある人のイメージってかなり世界としても変わってくると思う」

 これからは、”平均的なモノではなく、突き抜けているモノ”がもっともっと評価される時代になると予測する松田さん。

松田さん:
「知的障害のある方の描くアートは、すごくおもしろいので。その概念そのものが広がる社会になったら、もっと世界は寛容だし楽しいものになるんじゃないかなと思います」

 もっと寛容に、もっと楽しく。ヘラルボニーが描く未来です。