名古屋の街で、ネコと暮らすホームレスの男性がいます。男性は週に4日空き缶を拾い、自分と飼育している猫の食費を賄っています。

 食料の配給や生活保護も拒み続けホームレスを続けているこの男性には、「自分の食い扶持くらいは自分で」という強い信念がありました。

※ゴミ集積所からの空き缶持ち去りを条例で禁じる自治体もありますが、名古屋市では禁止されていません。

■ゴミを集めて作った小屋にはテレビや風呂まで…ネコと暮らすホームレスの男性

 井東広さん(69)は名古屋の街中で、10年以上路上生活をしているホームレスです。一緒に暮らすのは、オス猫の空ちゃんです。

井東さん:
「(ネコは)俺より金額かかる。700円が6袋だから5000円。お猫様だもので、俺よりご飯が先よ」


 井東さんの食事は、いつも空ちゃんの後です。食材は近くのスーパーで買っていますが、1日2食で生活しています。

 住んでいる家は、全て井東さんが自らゴミを拾ってきて作りました。中をのぞいてみると、そこにはテレビが…。電気は、発電機を使い自らで賄っています。

井東さん:
「俺の趣味の部屋で。生きていくために、なんか楽しみにしようと思ってこうやって作っとる」


 去年作った「お風呂」は、カセットコンロ3台を使って沸かします。

 かつて建設関係の仕事をしていた井東さん。どうしても風呂を作りたく、3年越しで作り上げました。

■深夜に自転車走らせ週4空き缶拾い…1か月に稼いだ4万円で食費を賄う

 午後10時前。井東さんの仕事が始まります。深夜の名古屋を自転車で走り、空き缶集めです。

井東さん
「食うためには仕方ない、まともな人間のやることではないと思ってやっているから。だから、俺はゴミで人間じゃないから、ちょっとでも人間に近づきたい、そう思って頑張っているだけ…」

 冷え込む街中を7時間ほど走りまわったこの日、手に入れた空き缶は35キロ。これで2800円ほどになるといいます。週に4日空き缶を拾い、1か月の稼ぎは4万円ほど。これで食費と空ちゃんのエサ代、そしてタバコと酒代を賄っています。

■所持していた車は計7台…ホームレスの男性は「月5千万円売上げる」会社の元社長

 井東さんには、意外な過去がありました。16年ほど前まで建設会社を経営し、社長だった井東さん。バブル景気の頃は羽振りも良かったといいます。

井東さん:
「笑い話だけど、1か月に5000万くらいの売上がある。それで、手元に残るのが700万~800万円。車も7台くらい持っとったし」

 自分の車、奥さんの車、奥さんが買い物に行くだけ用の車、更にキャンピングカーまで。しかも、全部現金で購入したといいます。

 しかし業績が悪化し、53歳の頃に会社は倒産。その後は別の建設会社に雇われて働いていましたが、トラブルがあり働けなくなりました。

井東さん:
「やり直しがきかんからな、この年になると。それが一番や」

■「身内に知られるのが嫌だから」…生活保護の受給を阻む理由は“扶養照会”

 井東さんのもとには、時々ボランティアの看護師の女性がやってきます。この女性は、週に一度、支援物資を持ってホームレスをまわり、健康状態をチェックしています。井東さんに生活保護について話をしますが…。

看護師の女性:
「(井東さんは)『いやいやいりません、お金だけもらって部屋でぼーっとするのは嫌だ。体が弱ったらお願いするけど、まだ今はその時期ではない』って…」


「生活保護は受けたくない…」それには大きなワケがありました…。

井東さん:
「落ち目になったとき人に見せたくないもん。身内に知られるのが嫌だから…」


 井東さんが生活保護を受けない理由は「扶養照会」です。行政が生活保護を申請した人の親族に、援助をできないか問い合わせるものです。

井東さん:
「会ってもおらん子供のこと考えたり、色々なことを考えるからな」


 離婚し、当時3歳だった息子とは35年以上会っていない井東さん。生き別れた息子の存在が、生活保護をためらう大きな理由でした。

 井東さんは、「扶養照会」を理由に生活保護を受けず、ホームレスを続けている人も少なくないといいます。『井東』という苗字も偽名で、役所の担当者が訪ねてきても、本名は伝えていません。

■「野良猫になっても生きていける社会を」…ホームレスを続ける男性の願い

 この日、小屋の隣では食糧の配給が行われていました。しかし井東さんはそこには並びません。

井東さん:
「俺は並ばない。缶拾い行く方がマシだわ。善意は善意だとしても、あんまり気分のいいものではないし」

「自分の食い扶持くらい自分で。それが人間の姿だし、少しでもそんな人間に近づきたい…」
と話す井東さんには願いがありました。

井東さん:
「一言だけ言わせてほしい。それは絶対映してほしい。こいつ(猫)は俺の子供やねん。こいつが、俺が死んでも生きていけるような世界を作ってほしいし、野良猫になっても安心できるよう世の中を作ってほしい。それを言いたかったから、(取材を)受けた。それだけです。ありがとうございました」

 野良猫になっても生きていける世の中を。井東さんが願う社会です。

※ゴミ集積所からの空き缶持ち去りを条例で禁じる自治体もありますが、名古屋市では禁止されていません。