4月1日は多くの企業などで入社式が行われました。トヨタ自動車の入社式は、オンライン形式で行われ、豊田章男社長が新入社員にメッセージを送りました。

【トヨタ自動車 豊田章男社長の入社式あいさつ全文】

 皆さん入社おめでとうございます。昨年は、新型コロナウイルスによる感染拡大の影響で、残念ながら入社式をすることができませんでした。今年もギリギリまで悩みましたが、オンラインという新しい形で実施することができましたので、昨年お話しできなかった入社2年目の皆さんに向けても、私の思いをお伝えしたいと思います。

 これまでの入社式で、私が必ずお話ししてきたことがあります。それはとにかく「3年間、ガムシャラに働いてほしい」ということと、「クルマを好きになってほしい」ということです。皆さんにも同じ言葉を送りたいと思います。

 私が社長に就任してから入社された方は2万2000人。全従業員の4人に1人が、私の言葉を胸にトヨタでの人生をスタートされたことになります。ただ非常に残念なことに、そのうち約1割の方がトヨタを退社されております。私は社長として、この事実を重く受け止めております。

 特に若いうちに退社を決めた理由の一つに、デジタル化の遅れがあります。今のトヨタには情報を持っている人がえらいという風潮があり、情報が共有されず、一部の人だけのものになっているという実態があります。この現実を変えるためにも、デジタルネイティブ世代がリーダーとなり、この3年間でデジタル化を一気に進め、世界のトップレベルまでもっていきたいと思います。そうすることで、必要な人が、必要な時に、必要な情報を入手できるようにし、みんなが同じ方向を向いて仕事に打ち込める環境を作りたいと思っております。

 そしてもう1つ、自動車産業550万人の仲間とともに取り組むテーマが「カーボンニュートラル」です。その実現にはイノベーションが不可欠です。私は、イノベーションは多様性の中から生まれると考えております。本日ご参加の皆さんは、これまでの経験もキャリアも1人1人異なります。多様な考え方や個性を大切にして、イノベーションの原動力になってほしいと思っております。


 皆さんの中には、人生の節目をコロナ禍で迎えたことについて「運が悪い」「なぜ自分たちが」と思っている人もいるかもしれません。でも、皆さんが積み上げてきた経験は必ず役に立ちます。過ごしてきた日々に、ぜひ自信を持ってほしいと思います。

 これから職場に入れば、仕事の厳しさや悩み、苦しむこともあると思います。私自身がそうでした。キャリア入社でトヨタに入り、理不尽な状況に苦しんだこともあれば、自分の力のなさを実感し、挫折したことも1度や2度ではありません。それでもなんとかやってこれたのは、「トヨタが好きで、車が好きだ」という気持ちが消えなかったことと、つらい時こそ寄り添ってくれた上司、同僚、友人がいたからです。

 私は、挫折を経験する度に人は成長し、優しく、また強くなれると思っております。新卒の皆さん、挫折を恐れないで下さい。キャリア入社の皆さん、他の会社での経験というトヨタと比べるものがあることを強みにして下さい。そして皆さん、困ったときに頼りにできる友人や仲間を大切にして下さい。上司の方々は、職場の1人1人に寄り添い、その成長と活躍を自分自身の喜びにして下さい。その為にも、業務を付与する時には十分な情報共有をして、仕事の目的、納期、優先順位を明確にしてあげて下さい。全員が仕事の意味を腹に落として働ける職場作りをお願い致したいと思います。

 今は変化が激しい時代ですので、新入社員の皆さんはもちろん、上司や先輩もいろいろと迷う場面が出てくると思います。そんな時は、1つのよりどころとして、静観ではなく行動を、沈黙ではなく発言を、説得ではなく共感を、利己ではなく利他を優先して欲しいと思います。そして失敗をした時には、絶対に隠したりごまかしたり、嘘をついたりしないこと。立ち止まって、全員参加で、現地現物で真因を突き止め、対策を取り改善をする。これがトヨタの行動規範であり、創業から受け継いできたDNAでもあります。

 トヨタという会社は、日本の未来の為に自動車産業を興そうという、豊田喜一郎や創業メンバーの志から生まれました。創業メンバーは苦労の連続で、何もいいところを見ておりません。いいところばかりを見させてもらっている現役の私たちが、リスクリスクと言って何も挑戦しなければ、先人にも後人にも合わせる顔がありません。継承者こそ挑戦者でなければならない。皆さんもこの思いを胸に刻んでほしいと思います。

 最後に、少し視点を変えてみたいと思います。皆さん、窓の外を見て下さい。満開の桜が見えませんか。私がいるのは自然豊かな場所ですので、耳を澄ませば鳥のさえずりも聞こえます。人間以外の生き物は、コロナがあってもこれまで通りに暮らしています。右往左往しているのは、人間だけかもしれません。人間が主人公だ、と思っている地球という劇場の見方を変えてみるいい機会だと思います。皆さんもこうした視線で世の中を見るようにして下さい。未来の為に、地球の為に、私たちがやるべきことは沢山あります。これから一緒に頑張って参りましょう。改めまして、入社おめでとうございます。