北海道在住の全盲の写真家、大平啓朗(おおひら・ひろあき)さんは、全国を旅しながら撮影をしています。街の音、人の気配…。感じた一瞬を切り取る大平さんは、自分にしか撮れない写真を撮り続けています。

■目が見えないのは不便だけど、不幸じゃない…“相棒”片手に続ける旅

 「凱旋門」、「エッフェル塔」、「カンボジアの子どもたち」…。全盲の旅カメラマン大平啓朗さん(41)は、これまで様々な場所で写真を撮ってきました。

 普段は北海道に住んでいる大平さん。この日は、名古屋に一人旅です。まずは荷物を預けるために、ホテルへ。スタッフに案内された部屋で、まず確認したのは電話の位置です。

大平さん:
「困った時は頼るって決めて、最初に聞くのは電話の場所。でも、やっぱり一人でなんでもやりたい」

 目が見えないのは不便だけど、不幸じゃない。1人でできることは何でもやります。そしてバッグから取り出したのはカメラ。

大平さん:
「相棒。これがあるから歩きに行きたくなる。撮って見せたくなる、旅の仲間」

■行き交う人たちの気配「音と匂いはドラマ」…大平さんだけに見える世界

 相棒のカメラを持って街へ。友人と会うために名古屋市西区の円頓寺商店街にやってきました。大平さんは、待ち合わせ場所に向かってくる友人に向けて一枚。

大平さん:
「人の表情を(シャッター)切るのが好き。引き出せるシーンを作って…」


 商店街を行き交う人たち。街の音…人の気配…。大平さんにだけ見える世界があります。

大平さん:
「チャリンコ行ったね。来た来た来た、コンコンコン(足音)、ありがとう(シャッター切る)」

 音を頼りに次々にシャッターを切る大平さんは、「音や匂いは、ドラマ。感じた一瞬を楽しみたい」と話します。

■研究室の劇薬誤飲し失明…それでも「新しいゲーム始まった」

 大平さんは、高校生の頃カメラを始めました。当時はまだ目が見えていました。しかし24歳の時、大学院の研究室の劇薬を誤って飲んで失明し、後遺症が残りました。

 起きたら目が見えなくなっていましたが、目が見えないのは、絶望とは思いませんでした。世の中には、目の見えない人がたくさんいる。自分も大丈夫と思えたのです。

大平さん:
「新しいゲーム始まったって…。見えない大平バージョンでいこうって感じで思ったから…」

 新しいゲームが始まる。失明して人生が面白くなった、そう考えました。

■写したいのは“小さな幸せ”…「本当に大切なモノは身近にある」

大平さん(YouTubeより):
「みなさんこんにちは!おーちゃんです!今日はね、写心(写真)を撮る感じで…。僕ね、感じて撮るんですよ」

 大平さんは自分の挑戦をYouTubeで配信しています。段ボールに行き先を書いて、ヒッチハイクをしたり、馬に乗って田舎町を歩いたり…。写真を撮るために、日本一周の旅に出ました。

 函館で歩いていた時に、撮った1枚。タイトルは「こぼれ陽」です。

大平さん:
「葉っぱが揺れて、カサカサカサって。隙間から太陽がこぼれて…。暖かい緑と力強い太陽って感じで撮ったかな」

 大平さんが写したいのは、小さな幸せです。

大平さん:
「見えなくなって思ったのが、小っちゃいハッピーがめちゃくちゃあるんよ。本当に大切なモノとか、すげー身近にあるんだなって」

■心が動いた瞬間にだけシャッターをきる…偶然の出会いでベストショット

 大平さんは、心が動かなければシャッターは切りません。「伝えたいドラマが無い時は撮らない。僕にしか撮れない一瞬を切り取って伝えたい」と話します。

 商店街の居酒屋でトイレを借りた大平さん。この店で心が躍るステキな出会いがありました。

大平さん:
「トイレを貸してもらったら、お兄ちゃんが出てきてイエス!みたいな。じゃあ1杯ちょうだいよって言って」

 トイレのお礼に日本酒を1杯。(乾杯してシャッター切る)この日のベストショットが撮れました。

■「かんじんなことは、目に見えない」…みんなを幸せにする「全盲のハッピーマン」

 大平さんは全国の小中学校で、自分の体験を話し、みんなをハッピーにしたいと考えています。

大平さん(中学生へのオンライン授業):
「波照間島。海の匂いって優しい香りがするなって…。(写真見せて)波を見てるとね、ザバーってサンゴ礁の砂浜に染み込む音なわけよ。砂がサラサラだから滑らかだったの」

 匂いと砂に染みこむ波の音に感動した事を、1枚の写真で表現しました。「好きなことがあったらまずやってみて。続ける事が仲間を呼ぶから」と中学生にアドバイスを送ります。

 全盲のハッピーマン、大平さんには、大切にしている言葉があります。

『心で見なくちゃ、物事はよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に見えないんだよ』(サン=テグジュペリ『星の王子さま』より)

大平さん:
「僕の写真は1人でも見てくれるからシャッターを切る。なんだろ、生きてる…、生きてるが写真じゃない?」


「人生を懸けて目の見えないことに恩返ししたい。見えなくなってラッキー」、心を写す写真家です。