箱根駅伝で優勝した経験もある愛知県西尾市の実業団ランナー糟谷悟さんが、今月7日に地元・愛知県で開かれる地域対抗の駅伝大会に出場します。糟谷さんは6年前、命を脅かす病に侵されましたが克服し、現役選手として復帰。

 走ることで伝えたい糟谷さんの思いを取材しました。

 西尾市代表として愛知駅伝に出場する実業団ランナー・糟谷悟さん。名門・駒澤大学のエースとして、箱根駅伝では2度の区間賞。さらに優勝テープも切るなど、まさにスター選手でした。

 しかし6年前、命を脅かす病気が糟谷さんを襲いました。悪性リンパ腫、いわゆる血液のがんです。

糟谷さん:
「走ってる感覚が普段の走ってる感覚と違ったっていうのが、決定的な感覚ですね」

 検査を受け、腸への転移も見つかりました。

糟谷さん:
「本当の直前に親戚の兄貴ががんで死んでたので、がん=死というイメージはありました。電話を親にしたときはもう、叫び声じゃないですけど、『うわぁ』っていうような声が電話の向こうから聞こえてきて、それが今でも耳に残るような声でしたね」

 そのとき様子を知るのは、当時チームメイトだった白柳監督。糟谷さんとは年の差2歳、仲のいい同僚でした。

白柳監督:
「頭が真っ白になったことははっきり覚えてます。(競技復帰は)難しいとは思ったんですけど、糟谷自身が戻ってくる気なのは分かっていたので、また一緒に走りたいという気持ちで待っていたというところはあります」

 もう一度走るために…8時間に及ぶ手術で腸にできた腫瘍を切除。命は繋ぎとめたものの、抗がん剤治療による闘病生活でアスリートとしての体は激変しました。

糟谷さん:
「結構ショックでしたね、思ってたより動かなかったし、自分の知ってる体じゃなくなってたので、病気の時よりショックが大きかったかもしれないですね」

 それでもリハビリを乗り越え、実業団の最高峰ニューイヤー駅伝に出場するまでに回復。戻ってきた糟谷さんには、新たな気持ちが芽生えていました。

糟谷さん:
「全盛期に比べれば、一番上限っていうのは下がったかなと思いますけど、僕が走ることによって今までとは違う意味が病気によってもらえたかなと、病気の後は感じることができました」

 闘病を支えてくれた人たちへの恩返し。そして自分にしかできない使命を胸に、7年ぶりに愛知駅伝に出場します。

糟谷さん:
「『走ることは楽しいんだよ、生きてるんだよ』っていうような、そんな楽しいっていうことを伝えられると、すごくいいなと思ってます」