東京五輪女子マラソン日本代表の鈴木亜由子選手(日本郵政G陸上部)。

 指導する高橋昌彦監督のプラン「2020TOKYO鈴木亜由子強化計画」の下、マラソンランナーとして成長してきた鈴木選手。

 あらためて、彼女がどんな思いで東京五輪を目指してきたのかを振り返ると共に、想定外の物語の続きを連載企画でお送りする。

<5>計画通りには行かない

 2019年の夏、2ヶ月後に迫ったMGCに向けて鈴木は、ボルダーでひとり走りこんでいた。体調を崩した高橋の療養は想像以上に長引き、鈴木は数ヶ月間、監督からの直接指導を受けられずにいた。

鈴木選手:
「監督がいつ復帰出来るのかが分からず、自分も精神的につらかったですね」

 強化計画には無い想定外の出来事に不安を抱きながらも、来るべき日の為に備えていた。

高橋監督:
「MGCの練習に間に合うかな…。最後の調整だけはなんとか。私が頑張ることが小出監督の遺志を継ぐことにもなるし、それだけのいい選手がいる中で、五輪に行かせてあげられなかったら指導者やめるしかないって感じたこともありました」

 結局、高橋がボルダーに合流出来たのは、MGCの一か月前だった。

 計画通りには何事も行かない。壁にぶつかり、乗り越えて、磨かれて行くマラソン選手としての心身の土台…。

「2020TOKYO鈴木亜由子強化計画」。目標に掲げたMGCでの優勝は出来なかった。それでも、東京五輪への道をつなげることが出来た。

■ MGC2位は「監督の失敗」

 MGCの後、鈴木の母校・名古屋大学では東京五輪への壮行会が開催された。鈴木と共に招待されていた高橋は、壇上で集まった学生や関係者を前に話をした。

高橋監督:
「MGCの2位は喜ばしい事ですが、なぜ2位だったのか。結果としては、監督の失敗だろうと思っています。後から知った話しですが、優勝した前田穂南選手は、ハーフを1時間11分通過し、2時間22分~23分台でのゴールを狙って戦略を立てていました。

 一方の私は、2時間26分前後の走りをすれば2位以内に入るだろうと練習を組みました。MGC当日は、前田選手は1時間11分5秒でハーフを通過しています。前田選手にとっては設定通りのペース。しかし、鈴木はそのペースでの練習が出来ていない。よって終盤にスタミナ切れを起こしてしまいました。

 レース後に鈴木選手は『もうこんな思いはしたくない。私は大丈夫でしょうか』と聞いてきました。『これは練習の違いだから心配はいらない』と私は話しました。

 2000年、高橋尚子選手がシドニー五輪で金メダルを獲得した時の取り組みを、私は見てきました。五輪の前から小出監督をはじめスタッフの誰もが、金メダルを疑いませんでした。ゴールした瞬間、嬉しさもありましたが『やっぱりね』と思いました。金メダルは努力だけではなく、獲りに行かないと獲れないとその時に感じました。
 東京五輪では覚悟を持って、メダルを獲りに行きたいと思いますし、その戦略は私の頭の中にあります」

■ 出会いのチカラ

 2019年の年末、千葉県佐倉市。

 小出義雄監督の墓前に手を合わせる高橋の姿があった。

高橋監督:
「小出監督は多分、『五輪に出るのは当たり前だよ、メダルを獲ることが、鈴木にメダルを獲らせることがあなたの仕事だよ』って元気だったら言われると思いますから…」。

 戒名は「春陽院昌走義監居士」。

高橋監督:
「私の昌彦の昌が入っていて、『昌、走れよ!義雄は監督しているぞ。春陽、春の陽のようにお前を照らして、ちゃんと見ているからな!』って。そんな戒名…。私が勝手にね、思っているんですけど。この戒名を見たときにこれは何がなんでも五輪に行かせなきゃなって思いましたね」

 MGCの激闘の後、鈴木はある人物の元を訪れていた。

 室伏広治。言わずと知れた陸上界のレジェンドだ。

室伏広治氏:
「3番手だと不安になっちゃうし、1番だと注目されて期待も大きい、ちょうどいいところで通っているなと思って、あとは高橋さんとの努力で」

 室伏は東京医科歯科大学で教授を務め、動作解析の研究で培った知識をアスリートの能力向上に役立てている。

 怪我の予防も大きなテーマ。鈴木はマラソンのデビュー前から室伏の指導を受けてきた。この日は、MGCで見つかった課題も克服する、骨盤周囲を中心としたメニュー。

室伏氏:
「日本人選手は重心が落ちてしまったりとか、骨盤が後傾してしまったりといった傾向がありますので、そういったことは、トレーニングによって十分に改善できると思いますし、改善できることによって、脚で地面を蹴るときの地面反力もしっかりもらえて、推進力につながります。

 特に前半に効率よく走れることが出来れば、後半もスタミナが持つと思いますので、ちゃんと後半でも五輪で勝負できるように高橋監督とも相談しながら、ケガの予防も含めてしっかり取り組んでいきたいと思います」

鈴木選手:
「本当にレジェンドの方のアドバイスは凄くありがたいですし、必ず本番に結び付けたいと思います。課題は沢山あるけど、伸びしろも沢山あると思って頑張りたいです」

■ 覚悟の道

 2020年元旦。鈴木と高橋の姿は、鹿児島県徳之島にあった。

 東京五輪イヤーのスタートに選んだ場所は思い出の道「尚子ロード」。金メダル獲得の前に小出監督と高橋尚子選手が、練習に励んだコースには記念碑が立てられている。

「2020TOKYO鈴木亜由子強化計画」で2020年に記されたテーマは「メダルを取る覚悟を決め、メダルを取るための練習を行う」

高橋監督:
「世界一の練習があってこそのメダルだと思いますので。当然ハードな練習に向き合うにあたっては、ケガへの怖さであったりとか、そういういう部分が当然ながらでてくると思いますし、だからこそ、覚悟がなければそこにのぞむことはできないと思うんですね」。

鈴木選手: 
「不安な状況を乗り越えて、何とか次につなげられたので、ピンチも乗り越えてつかんだチャンスですし、今監督はもう以前の監督よりもさらに元気になって帰って来たので、覚悟を持って私も監督も向かっていけるのではないかと思います」

 徳之島での合宿の後、鈴木は地元の愛知県豊橋市にある神社に初詣に出かけた。

「東京五輪 金メダル獲得 鈴木亜由子」

 慎重な性格で不言実行タイプの鈴木が、絵馬に記した覚悟だった。

<6>へ続く

<1>高橋監督との出会い「マラソンは我慢スポーツ」
<2>絶対に、この舞台に再び立ちたい
<3>「俺は金メダルをとりたいんだ!」
<4>「心身の土台」とは