消防士の女性の割合は全体のおよそ3%と、とても少ない「男性社会」と言われています。2021年の春、名古屋市消防学校に入校した114人のうち、女性は11人と過去最多となりました。

 男性に混じり、重さ10キロの防火衣の着装訓練や、20メートルのホースを伸ばす訓練など、新人女性消防士たちは命を守る任務につくため、半年間の過酷な訓練に挑んでいます。

【画像20枚で見る】過酷な訓練に挑む『新人女性消防士』父を救った“あの背中”追って


■一秒でも早く助けを求めている人のもとへ…男性と同じ過酷な訓練に挑む

 名古屋市消防学校に2021年の春に入校した女性11人のうちの1人、岩下聖奈(せな)さん(18)です。消防士に憧れ、高校生の時に試験を受け採用されました。

 おっとりした性格の岩下さんですが、重さ10キロの「防火衣」の着装訓練でも男性に負けていません。

消防学校の教官:
「70秒切ってるけど、おっせぇ!車両に乗れない!出動できない!」

 1秒でも早く助けを求めている人のもとへ。訓練時も気を抜くことは許されません。20メートルのホースを素早く延長、撤収する訓練です。長時間、腰を曲げ続ける作業に暑さも加わり、一時ダウンです。

岩下さん:
「想像よりは大変だし、機材も重たいし…。大変さ一つとってもギャップがすごくあります」

■入校した114人のうち女性は11人…増える女性消防職員

 1日の訓練を終え、唯一リラックスできるのは同期との時間です。

同期の女性:
「午前終わった時点で、髪の毛がもうべたべた…」

別の同期の女性:
「いっそのこと、坊主にした方がいいんじゃないかって」

 女性ならではの悩みや本音がこぼれます…。岩下さんは「周囲との体力の差を感じる」と話します。

岩下さん:
「男性でも『自分は体力ないな』って思う方もいると思うので…。全員が同じカリキュラムをやることは意味があるかなと思います」

 名古屋消防での女性の採用は例年2、3人。2020年度までで51人と、女性の割合はわずか2%でした。

 国は、全国の消防署の女性消防職員の割合を5%にするよう呼びかけ、名古屋消防でも積極的なリクルートを行い、今年は11人を採用しました。

■普通の女子大生から救命救急士へ…きっかけは父親が搬送された時の救急隊員

 女性目線を生かした救急隊員になりたいと話すのは、沖田美里さん(25)です。リュックの中を見せてもらうと、日焼け止めとハンドクリームが入っていました。

沖田さん:
「普段、女子力ないので、その匂いを嗅いで自分が女子なことを思い出してって感じです」

 沖田さんは2年前、名古屋の金城学院大学を卒業。当時は、髪を巻き化粧をして大学生活を送っていましたが、大学卒業後に専門学校に通い、「救急救命士」の資格を取得しました。救急の道に進んだきっかけは、小学校6年生の時の体験にありました。

沖田さん:
「父が救急車で運ばれて…。玄関で泣いていたんですけど。(救急隊員が父の)処置もしないといけないのに、自分たちにも気を使って声をかけていただいたことが印象に残っています」

 自分も救急隊員になりたい。まずは消防士の過酷な訓練を乗り越えなくてはなりません。

■腕の力は男性の4割 足の力は6割でも…女性や子供に寄り添える消防隊員になりたい

 放水訓練では、顔に水がかかり、重いホースを外す作業に四苦八苦…。沖田さんは、消防学校に入ってから高いところがあまり得意でないことに気が付いたといいます。

建物の2階のケガ人をはしごで救助する訓練では、はしごの途中で足がすくんでしまいました。

沖田さん:
「下から仲間たちが『早くしろ早くしろ』って言ってくれるので、一気に駆け上がろうと思って…。最近はちょっとずつ怖くないなって思って、意識してやっています」

 父の命を救ってくれたような思いやりのある救急隊員に向けて一歩ずつ階段をのぼっています。沖田さんは「腕の力は男性の4割、足の力は6割で、できないこともたくさんあって悔しい」と話します。

沖田さん:
「やれることはちゃんとやって頼むところは頼もうかなって。小隊として訓練が完成するようにという意識に変わりました」

 チームで助け合ってこそ完成する1つの訓練。体力差も団結力で乗り越えています。「女性や子供に寄り添える消防隊員になりたい」。沖田さんは将来の姿をイメージしています。

■遅れたとしても絶対あきらめない…1人でも多くの人を助けられるように

 18歳の岩下さんがこの日挑んだのは、「11階建て訓練タワー」。重さ10キロの空気ボンベを背負いながら、タワーを5往復する過酷な訓練です。

 1往復、2往復、足が棒のように動かなくなっていきます。30分後、5往復を終えた隊員たちが次々とゴールしますが、岩下さんの姿はまだありません…。

他の隊員:
「岩下―!岩下がんばれー!」

 数分後、岩下さんもゴールしました。

岩下さん:
「遅れてでもいいから、みんなと同じ分やる…。諦めちゃうと、他の士気も下がっちゃうし、諦めないように頑張っています」

 例え最後の1人になっても諦めないこと。岩下さんは、粘り強さでは誰にも負けません。

岩下さん:
「1人でも多く助けられるように訓練を頑張っているので、現場に遭遇したら人を助けられようになりたい」

 新人消防士たちは9月まで、厳しい訓練と座学を経て、名古屋に16ある消防署に配属され、命を守る任務につきます。