福岡地裁で8月24日に行われた、組員が直接実行犯となった殺人などの事件の裁判で、日本で唯一の特定危険指定暴力団のトップに死刑判決が言い渡されました。

 裁判での争点は「トップの指示」があったか否か。検察側はトップの関与を示す直接的な証拠がない中で、間接証拠を積み重ね、「死刑判決」となりました。

 直接的な証拠が示されない中で、トップの指示があったと“推認”した歴史的ともいえる判決に、他の暴力団の間で波紋が広がっています。

■全国で唯一の特定危険指定暴力団…一般市民にも襲い掛かる工藤会の凶暴性

 福岡県北九州市に本部を置く全国で唯一の特定危険指定暴力団「工藤会」は、利権を手に入れるためなら一般市民にも襲い掛かる危険な暴力団です。元組員の男性は、その凶悪性を…。

【画像20枚で見る】「明日は我が身だ…」“推認”で工藤会トップに死刑判決 他の暴力団の間で広がる波紋

工藤会の元組員:
「戦闘力はあった。組のためだったら何も考えずに“行く”人間がいた。一般市民、カタギに手を出す。ヤクザとしては笑われるようなこと…」

 元組員は、中には人を殺したことがある組員もいたと証言します。

■捜査に携わった元警部銃撃など4つの事件に組織のトップが関与した疑い

 工藤会のトップである総裁の野村悟被告と、ナンバー2の田上不美夫被告が裁判で問われたのが、殺人など4つの事件です。

 いずれの事件でも組員が実行犯となり、港の公共工事の介入を断った元漁協組合長を射殺。その孫で歯科医師の男性を切り付け、野村被告が通っていたクリニックの看護師を刺傷。そして…。

<当時のニュース>
「福岡県北九州市で今朝、元警察官の男性が銃撃されました」

 工藤会の捜査に携わっていた、福岡県警の元警部は銃撃されました。

■「生涯このこと後悔するよ」…組員が実行犯もトップの関与を認定し“死刑判決”

 直接の実行犯は工藤会の組員ですが、裁判での最大の争点は“トップの指示”があったか否か。検察側は、野村被告の関与を示す直接的な証拠がない中で、元組員などおよそ90人を証言台に立たせました。そこで、トップの指示なしに事件を起こせない“上意下達”の組織と主張し、死刑を求刑したのです。しかし…。

工藤会総裁の野村被告(法廷で):
「私は4つの事件すべてにつき無罪です。何も権限はありません。総裁とは隠居ですね、飾り」

 野村被告は、60回に及んだ裁判で一貫して事件への関与を否認し、無罪を主張。そして迎えた8月24日判決の日。

福岡地裁の足立勉裁判長:
「野村被告は死刑、田上被告は無期懲役とする」

 福岡地裁は、4つ全ての事件で野村被告らの関与を認定。「工藤会は野村被告が最上位であり、序列が厳格化している」「実行犯が単独で犯行に及ぶとは考えにくい」などとして、野村被告に死刑、田上被告に無期懲役を言い渡しました。今後の暴力団捜査に大きな影響を及ぼす、歴史的な判決でした。

野村被告(閉廷後):
「公正な裁判をお願いしたのに全然公正やないね。全部推認、推認、推認。こんな裁判があるか、生涯このこと後悔するよ」

 閉廷後、裁判長にこう吐き捨てた野村被告。翌日には、判決を不服として控訴しました。

■トップの指示ありと“推認”した前例ない死刑判決…他の暴力団関係者に波紋広がる

 直接的な証拠が示されない中、実行役との共謀関係や野村被告の指示があったと推認した前例のない死刑判決。この“工藤会ショック”に、波紋が広がっています。20年以上、暴力団への取材を続けるフリージャーナリストは…。

フリージャーナリスト鈴木智彦さん:
「死刑判決が下されることはショックで、『暴力団だから人権がない』って言われるのはもう慣れっこだけれど、指示がないのに推認だけで死刑になるのはおかしいというのが、暴力団の率直な気持ちだと思います」

 一方で、市民を襲う工藤会とは自分たちは「凶悪性が違う」と話す暴力団もいたといいます。

鈴木智彦さん:
「『対岸の火事』というか。自分たちもヤバいよなとは考えていない。(工藤会は)あそこまでやってきたわけだから…。同じ暴力団だけど俺たちはそこまでやってないから、そう(死刑)はならないって」

■山口組傘下組織幹部「明日はわが身だ」…アリバイ工作のため傘下組織に“異例の通達”

 日本最大の暴力団・山口組傘下組織の幹部は、取材に対し…。

山口組傘下組織幹部:
「工藤会と山口組はまったく違う。工藤会は金のために人を殺すが、ウチはシノギや金のために殺すことは絶対にしない」

 6年前に分裂した山口組。その後、司忍こと篠田建市組長が率いる山口組と対立する神戸山口組との抗争事件が何度も繰り返され、去年1月「特定抗争指定暴力団」に指定されました。

 しかし、去年11月には、兵庫県尼崎市で、神戸山口組系の組長ら2人が拳銃で撃たれ重傷を負う事件が発生。実行犯として逮捕されたのは、名古屋に本部を置く山口組「司興業」の幹部と、その傘下組織の幹部でした。

 今も全国各地で抗争事件が相次ぐ中で、実行犯ではない暴力団トップに死刑判決が下った“工藤会ショック”に…。

山口組傘下組織幹部:
「今回、推認の積み重ねで共謀共同正犯が認められたことには驚いている。明日はわが身だ」

 その影響か、山口組は9月1日付で、傘下組織に向けて「公共の場での道具を使った抗争を禁じる」という“異例の通達”を出しました。道具とは拳銃のこと。なぜ今、銃の禁止を言い渡したのか…。

鈴木智彦さん:
「世間に『自分たちは組員を抑えていますよ、トップとして組員を制御する責任を果たしていますよ』というアピール。一般市民を巻き込むのはとにかくタブー。それはより強まったはず」

「明日はわが身」。捜査関係者によると、この通達は野村被告の死刑判決を受け、トップの罪が問われないようにするアリバイ工作のためだとみられています。

■愛知県警「ヤクザはヤクザでも工藤会は特異」…暴力団捜査に及ぼす影響は少ないと思われる

 刑法が専門の南山大学の丸山雅夫教授は、今後の暴力団捜査への影響について…。

丸山雅夫教授:
「今後、警察・検察の追い風になる判決とは思います。本丸であるべき黒幕にまで、なかなかたどり着けないのが苦労していたところ。立件・起訴されたときに、厳しい判決が予測されますよというメッセージはある。ただ、こういう判決が出たからといって、やみくもに暴力団つぶしに走れるかというと、組織犯罪処罰法のような法律の要件にあてはまらないと立件できませんので、慎重に運用していかなければいけない」

 一方、愛知県警の捜査関係者は「捜査がしやすくなるとは考えにくい」と事態を冷静に受け止めています。

愛知県警の捜査関係者:
「今回の判決は、判例に残るような画期的なものではあるが、ヤクザはヤクザでも工藤会は色んな面でやはり特異。愛知県警の暴力団捜査に影響を及ぼすとは思えない。私たちがやらなきゃいけないことは変わらない」

 歴史的判決となった“工藤会ショック”。暴力団の足元が揺らいでいます。