死者58人・行方不明者5人を出した長野県の御嶽山の噴火から7年が経ちました。娘を亡くした丹羽真由美さんは今年、初めて娘の命を奪った御嶽山を登りました。目指したのは、残された写真に写っていた娘の笑顔の場所でした。

■噴火から2年後に夫も亡くなり…結婚するはずの恋人と共に命を落とした娘

 2014年9月27日、青い空を突然覆った火山灰と噴石。

【画像20枚で見る】娘を奪った御嶽山へ…夫も亡くした母親が初めて目指した“笑顔の写真”の場所

戦後最大の火山災害は、63人の命を飲み込みました。

 丹羽由紀さん(当時24)とその恋人の所祐樹さん(当時26)は、山頂付近で寄り添いながら亡くなっていました。由紀さんは、祐樹さんと結婚の約束をしていました。

父親の丹羽邦雄さん(2014年):
「娘は本当に可愛かったですよ、父親から言わせてもらうと」

母親の丹羽真由美さん(2014年):
「よく家のことを手伝ってくれた子でしたね、料理とか。だから彼の誕生日の時もシフォンケーキ焼いてあげたりとか」

 どんなことでも話してくれる明るい末っ子だったと真由美さんはいいます。紅葉を楽しむための御嶽山へのデートのはずでした。

 噴火から2年、「登れるようになったら娘を迎えに行く」と話していた父・邦雄さんも、心臓病を患い亡くなりました。

■「由紀ちゃんと会話したい」…噴火から7年を経て娘と話すために初の登山を決意

 何度も何度も見返した写真。祐樹さんの遺品のカメラに収められた41枚と、御嶽山から生還した人たちへの呼びかけで集まった写真です。

中でも特別な一枚があります。「八丁ダルミ」と呼ばれる山頂付近のエリアで撮影された写真に偶然映り込んだ、寄り添う後ろ姿の由紀さんと祐樹さんです。

 御嶽山は噴火から4年後に、噴石などへの安全対策が進んだとして一部の登山道では山頂まで登れるようになりました。

しかし、由紀さん達が登った「王滝口」からは、噴火口に近いことから今も山頂へは登ることはできません。しかし今回、遺族に限り特別に「八丁ダルミ」まで登る許可が出されました。

真由美さん:
「(写真を指して)ここら辺で座っているんですよ、由紀」

 この尾根を登ると、2人が命を落とした頂上です。

真由美さん:
「今回はなんか登ってみようかなって。何も考えずに由紀ちゃんが歩いたところを。由紀ちゃんに会える気がするのかな。由紀ちゃんと会話したい。『どうだった?』とか。やっと、やっとだもんね」

■7年前に娘が大好きな人と登った道…初めて登る娘の命を奪った御嶽山

 あの日から7年。娘の声を聞くために、丹羽真由美さん(57)は、娘の命を奪った御嶽山に初めて登ります。
目指すのは、今年初めて立ち入ることが許された山頂付近のエリアです。娘の足跡をたどる登山が始まりました。

真由美さん:
「目的地まで行ければいいですよね、八丁ダルミ。行けるかどうか分からないですけどね、この天気だと…」

 噴火以来、何度も御嶽山に登った祐樹さんの両親と一緒に、「八丁ダルミ」を目指します。初めての本格的な登山…。重たくなる足、冷たい雨が追い打ちをかけます。目的の場所は、まだずっと先です。

真由美さん:
「由紀ちゃん…、由紀ちゃん…」

 7年前、娘が大好きな人と登った道。

祐樹さんの父・所清和さん:
「“由紀も頑張ったんだから”という信念というか、それで(真由美さんは)前に動いているだけだと思う。頑張ってほしい」

 慰霊登山をしていた遺族たちが、真由美さんを支えるために集まってきました。

■「ごめんね、最後まで行けなくて」…聞けなかった娘の声

 しかし、八丁ダルミまであと300メートルのところ。山を下りる時間を計算しても、ここが限界でした。

真由美さん:
「すいません、ありがとうございました。ごめんね、最後まで行けなくて…」

 娘の声を聞くことは、できませんでした…。

真由美さん:
「『こんな雨の日に何やってんの』って(由紀に)言われそうだけど。このこと思うと、怒られているのかなって…。手だけ合わせとくね。ごめんね、由紀ちゃん…」

 山を下り始めた時でした。

真由美さん:
「(雲海を見て)きれいだね~。頂上の景色から見るのがすごく素敵だったんだろうね。あの子、よく登ったねえ…」

 9月27日。例年開かれている追悼式は新型コロナの影響で中止となり、献花式に変更されました。

真由美さん:
「8合目よりも、今度は一歩でも前にすすめるように頑張っていきたいかな…」

 あの日から7年。いずれは頂上まで登りたいと話す真由美さん。娘の声を聞くために…。