コロナが広がっていた日常が正常を取り戻していく中で、エンターテインメントも少しずつ動き始めています。去年、名古屋の舞台のほとんどが中止や延期となりました。85歳の俳優・天野鎮雄さんが主役の舞台も一年延期となりましたが、嵐を乗り越えようやく10月22日に幕を開けます。
■アマチンさんが85歳で挑む舞台…シェークスピアの『ザ・テンペスト』
アマチンの愛称で知られる天野鎮雄さんは、ラジオの生放送で呼びかけたのは、演劇『ザ・テンペスト』の開幕。『テンペスト』は訳すと『嵐』です。
【画像20枚で見る】85歳座長が挑む…公演1年延期の“嵐”乗り越え幕を開ける『ザ・テンペスト』
この作品は、17世紀のペストが蔓延するイギリスで、シェークスピアが書き上げました。魔法と恋と復讐のスペクタクル、ラストは“寛容”と“許し”がテーマです。アマチンさんは、85歳で長いセリフの続く主役に挑みます。この舞台の道のりは平坦ではありませんでした。
天野さん:
「本当、この2年間、『コロナめ！』ですよ」
コロナの長くて暗いトンネル…。その中で、折れずにコツコツ繋いできたもの…。演劇界は悲劇の連続でした。会場は閉鎖され、稽古は密でできず、公演は軒並み中止、延期となりました。
アマチンさんたちが『ザ・テンペスト』の稽古を始めたのは、去年の4月。コロナの先行きはわかりません。しかし舞台ができると信じて進む…、それしかありませんでした。
■悔しいと思うけど仕方がない…本公演は1年延期に
天野鎮雄さんは、35年前に妻の山田昌さんとともに「劇座」を旗揚げし、若い役者の育成に力を注ぐなど、演劇一筋に生きてきました。あの名優・仲代達矢さんとの共演もありました。稽古開始から2か月、感染の嵐は止みません。
天野さん:
「劇場でも、パラパラパラと置いて、当座は始めるって言うけどさ…。芝居でもそうだよ、客が満員だと芝居が変わってくるけどさ」
妻の山田昌さん（91）:
「（満員だと）のっちゃって、普段より良くできるってことは、そりゃあるよ」
2020年6月。本公演の1年延期が決まりました。
天野さん（出演者に向けて）:
「悔しいと思いますけど、仕方がない…。でも、僕の年になると問題ですけど1年は。あなた方（若手出演者）にとっては、『やった！よっしゃ！』っていうくらいの1年に絶対になるはずです」
天野さん、自宅に戻り奥様へ報告です。
天野さん:
「ちょっと萎えましたね、やっぱり」
山田さん:
「1年半あと？そんなもん、引き受けるねぇ」
天野さん:
「いやいや、『引き受けるねぇ』って…。引き受けてしまった後だからさ」
山田さん:
「いつでもあなたは、後から私に言う…。決めちゃってから」
天野さん:
「そんなこと、いちいち相談しないといけないかね？」
山田さん:
「いかんことないけど…『そういう話が来てるけど、どう思う』って言ったら、『死んでる死んでる』って言う」
奥様の毒舌が、何よりの励ましという熟成した夫婦です。
■名古屋初…舞台全体を映像が覆うプロジェクション・マッピングを使った演劇
2021年4月。仕切り直しの日がやってきましたが、コロナの嵐でヒロインなど役者が欠けました。オーディションや役の入れ替えをしながら、再起動です。
天野さん:
「これ（稽古）が始まってからね、ベルトの穴が2つも、痩せた。仰天ですよ。何にも苦労せんでも、痩せる時は痩せるんですね」
この演劇には、名古屋で初めて舞台全体を映像が覆うプロジェクション・マッピングが使われます。愛知工業大学の『チームAI』が、2年がかりで取り組んできました。
愛知工業大学の教授:
「ハリウッドの映画でも見たことがないような映像を、表現を、みんなに求めているということです」
役者とのタイミング、映像の精度の調整を繰り返しながら、まもなく本番です。
■ペスト大流行時代に書かれたシェークスピア…公演延期を乗り越え開幕
そんな折、大詰めの劇団に衝撃が走りました。天野さんが、高熱で稽古を休んだのです。
天野さん:
「うちへ帰って椅子に座っていたら、異常に寒くなって。熱の出方がおかしかった。9度6分くらい。だから『こりゃとうとう引っかかっちゃったかなぁ』と。ちょっと絶望的だったですね」
幸い、検査結果は陰性でしたが、10日間の隔離となりました。舞台の表も裏も、嵐に次ぐ嵐…。ペスト大流行時代に書かれたシェークスピアをこの時代に、名古屋の演劇人がどんな舞台に作り上げるのか…。
天野さん:
「まぁびっくりしてください。きっと、びっくりしていただけると思います」
座長・天野鎮雄85歳。コロナの、長く暗いトンネル。その中で、こつこつ積み上げてきたもの…。『ザ・テンペスト』は、名古屋青少年文化センターアートピアホールで、10月22日に幕が開き、24日までで5公演行われます。