愛知県一宮市に、服の穴や破れを元の状態に直す41歳のかけつぎ職人がいます。慣れ親しんだ服、お気に入りの服、たくさんの思い出が詰まった服を再び着られるように…。店に持ち込まれる大切な服を美しく仕上げるのは、ひと針に魂を込める職人の手仕事です。

■お客さんがすごく大切にしている服…持てる力を最大限活かし修復するかけつぎ職人

 繊維の街、愛知県一宮市。街のシンボル、「真清田神社」の目の前に「紬(つむぎ)かけつぎ店」はあります。この店は、2年半前にかけつぎ職人の長谷川雄一さん(41)が職人仲間と立ち上げました。

【画像20枚で見る】大切な一着に再び命を 一針一針に想い込める『かけつぎ職人』の手仕事

 修復の依頼は店頭やLINEで受け付けていて、全国各地からあります。衣替えのこの時季は特に忙しく、月に約250着の依頼が入ります。

 傷の具合にもよりますが、大きく擦り切れてしまったコートも、生地が縦に裂けてしまったスーツも、どこに傷があったかわからないほどに仕上がります。

状況に応じて適切な方法で行われる修復。料金は、傷の状況で変わりますが、5ミリほどの穴の修理で約5000円からとなります。

女性客:
「うれしいです。全然(穴が)わからないです。穴があいても諦めなくてもいいんだって」

長谷川さん:
「ミシン修理に比べるとちょっと高いじゃないですか。すごく大事にしているとか、思いがあると思うんですよ。自分の持てる一番いい仕事をするって思っています」

■針先まで神経を行き届かせて…織り方を見極め1センチの穴をふさぐ

 大切な一着に再び命を吹き込む“かけつぎ”。手に取ったのは、1センチほどの穴が開いたウールのジャケットです。

長谷川さん:
「虫食いですよね、よくある穴です。きれいにできます」

 まずは、服の裏側の目立たないところから、修復するための糸をとります。生地に欠かせない「たて糸」と「よこ糸」を使って穴をふさぎます。重要なことは、生地の織り方です。

長谷川さん:
「右斜めに綾(あや)が上がっていく“サージ”という生地。柄(織り方)を合わせるのが大事で、ずれていると違和感が出ちゃうんです」

 ウールの冬服などに使われる「サージ生地」。これと全く同じ織り方で修復すれば、穴が目立たなくなるといいます。最初は「よこ糸」。織りに合わせながら白い糸を通し、その小さな輪によこ糸を入れて生地に引き込みます。これを穴の修復に必要なぶん繰り返します。集中力と根気…、そして繊細さが求められます。

長谷川さん:
「直す範囲を決めながら、よこ糸を張っていく感じ。引っ張り過ぎとか、逆に緩かったりとかしちゃうと、たて糸を入れるのに苦しくなっちゃう。やさしく張っていきますね」

 約8分で、ベースとなる「よこ糸」を10本通しました。糸の張り具合を確認すると、続いて「たて糸」。サージ生地の織り方通りに、糸を2本すくって2本押さえて…。「よこ糸」より、さらに神経を使う作業です。

長谷川さん:
「たて糸で織りを作っていくので、例えば1本とか、半すくいとか半おさえとかになっちゃうと(織りが)バラバラに…。しっかり2本押さえてすくう、バランスを常に気をつけながら…」

 針先まで神経を行き届かせて、全てを正確に。作業を始めて30分、最後のたて糸を通します。針先で生地をならし、余分な糸をカット。最後に、アイロンをかけると…。

虫に食われ穴の開いてしまったジャケットが、綺麗によみがえりました(約1センチのキズ 6600円 素材やキズにより金額は前後)。どこを直したのか分からないほどの見事なかけつぎ。その技術の高さが窺えます。

■お客さんに直接評価してもらえる仕事がしたい…勤務先が倒産し“かけつぎ”の道へ

 長谷川さんは、高校を卒業し自動車部品用の工作機械を作る職人として働いていました。しかし勤めていた会社が倒産し、28歳で職探しをしました。その時ある考えが…。

長谷川さん:
「せっかくの機会というか…。最初から最後まで自分でやって、直接お客さんに評価してもらえる仕事をしたいなと漠然と思っていた」

 そんな時、かけつぎ職人の友人から誘いがありました。傷がどこにあったかわからないほど綺麗に修復されるのを初めて見た時は、衝撃を受けたといいます。

 この仕事ならお客さんに喜んでもらえる…。長谷川さんは、“かけつぎ”に希望を見出し、これまでとは全く違う道を選択。奥さんや子供のためにも努力を重ねました。

そして、約10年腕を磨き38歳で独立。長谷川さんのお店は、今では全国から依頼が入るほどのお店になりました。

■持ち込まれるのは“思いをつなぐ品々”…20か所虫食いした母の形見のズボンが蘇り依頼者は涙

 続いて、長谷川さんが取り掛かったのは、亡くなった母親のズボンを直してほしいという女性からの依頼でした。

長谷川さん:
「虫食いは結構あるんですけど、全体的にはきれいでまだまだ着ていただける。思いをつないでいく品物」

 遺品整理中に見つけたという上質なウールで作られた形見のズボン。繊維の街・一宮だけあり、こうした貴重な品を持ち込む人も多いといいます。長谷川さんは、20か所以上の虫食いを丁寧に直しました。

依頼した女性客:
「去年、父と母が亡くなってしまい…。母はオシャレさんで、いっぱい服あって…、(母に)触れることができないので、少しでもこういうものを着たいなと…。母が導いてくれたのかな…」

 ふと思い出す母の面影…。依頼者の目には涙があふれていました。

長谷川さん:
「かけつぎ職人も少なくなってきているので、若い子に教えてあげて、みんなで盛り上げていきたいです」

「かけつぎは本当にやりがいのある仕事」と話す長谷川さんは、今日も大切な服に再び命を吹き込みます。

「紬かけつぎ店」は、店頭のほか店のホームページや、LINE公式アカウント、インスタグラムで相談・依頼を受け付けています。