愛知県知多市に、2021年に行われた地ビールの全国大会で金賞を受賞したビールがあります。この地元のフルーツなどを使ったビールを生み出したのは、一度地元を離れたものの故郷に戻った40歳の職人です。この職人の男性は、自慢のクラフトビールで新たな町おこしに挑戦しています。

■金賞受賞で注目…イチジクを使ったフルーティーなクラフトビール

 江戸時代から木綿産業で栄えた愛知県知多市の岡田地区。地ビールの全国大会「ジャパン・グレート・ビア・アワーズ2021」で金賞に輝いたビールは、この地に2年前に開業した「OKD KOMINKA BREWING(オーケーディー コミンカ ブリューイング)」で作られています。

【画像20枚で見る】イチジクでフルーティーに…地ビール全国大会で金賞 40歳ビール職人が生むクラフトビール

 このビール工房が主に作るのは、地元のフルーツや梅などの風味をきかせたビール。その中でも、金賞に輝いた愛知県産のイチジクを使ったビール「フィグ イチジク ヴァイツェン」(1本693円)は、女性やビールが苦手な人にも飲みやすいと注目されています。

男性客:
「普通のビールよりフルーティーでおいしい。地元に人気の出てきているビールがあるのは誇らしい」

 作るのは、愛知県知多市を拠点にするビール職人の新美泰樹さん(40)。おいしさの秘訣は、新美さんの丁寧な仕込みです。香りの決め手となるホップやイチジクなど、こだわりの食材を生かして唯一無二の味わいを生み出しています。

 工房の隣にある新美さん自身が店長を務める「お食事処 範丈亭(はんじょうてい)」では、できたてのビールをその場で味わうことができます。

新美さん:
「明らかに岡田に来る人が増えていることは感じる。まだまだ伸びしろはあると思います」

■地元をいったん離れるも…偶然出会った「クラフトビール」で故郷の活性化を考案

 地元で4代続くあられなどを製造する老舗「竹新製菓」に生まれた新美さんは、一度家業に入りますが、34歳の時にある思いから故郷をいったん離れました。

新美さん:
「もともと岡田の町を面白くしたい気持ちが強かった。岡田に戻って何をやったら世界から人を呼べるかって考えた時に、たまたま東京でクラフトビールに出会った」

 木綿製造の最盛期だった昭和初期以降に、活気が失われつつあった地元・岡田地区。その町の活性化のために“何か”を身につけたい。その答えとなったのが世界各国で愛され、無限の可能性を秘めたビールでした。

すぐに鳥取県の製造会社などでビールづくりを学び、36歳で帰郷。岡田(OKADA)の地名を略して、「OKD KOMINKA BREWING」を立ち上げます。ビールづくりで当初から、心に決めていたのが…。

新美さん:
「副原料に地元のものをなるべく使いたい。(形などが悪く)捨てられるものをうまくビールの原料として使いたいのがスタートにありました」

■味を左右する温度などを細かくメモ…本場ドイツで知ったフルーティーな「ヴァイツェン」づくり

 地元産の原料にもこだわった新美さんのクラフトビールづくり。まず取り出したのは「麦芽」。麦から目が出た状態のものを細かく砕いています。

新美さん:
「ヴァイツェンは、ドイツの有名なスタイルで、麦芽もドイツ産。ドイツに10か月くらいいたことがあって、ガンガン飲んでいたのがヴァイツェンだった」

 昨今のクラフトビールブームでは、苦味の強いものなど様々なスタイルが流通していますが、新美さんが最もこだわるのは、本場ドイツで知ったヴァイツェン。苦味がほとんどなくフルーティーで、柔らかい味わいが特徴のビールです。

大麦と小麦、2種類の麦芽を70度のお湯を張った釜に入れ、いわゆる麦のジュース「麦汁(ばくじゅう)」を作ります。ムラが出ない様にしっかりとかき混ぜます。その後1時間ほど漬けこむことで、麦に含まれるでんぷんを糖分に変えていきます。

新美さん:
「飲んだ時の軽さ、キレをコントロールするのが“糖化”。キレにこだわるよりは、ボディ重めで飲みごたえがあるような仕込みの仕方」

 また、ビールづくりには、温度や漬けこむ時間など細かい違いが味を大きく左右。データをメモしながら、1時間つきっきりで、時折釜をかき混ぜ、温度を一定に保ちます。すると、ほんのりトロみを帯びた麦汁ができあがりました。これをろ過して濁りを取り除きます。

新美さん:
「クリアできれいになったので、ろ過したものが煮沸するタンクに移っている状態」

■特徴を感じてもらうため1種類のホップを使用…イチジクの香り高い極上の一杯

 約1時間かけ麦汁を煮沸しながら、次にもう一つの主原料「ホップ」を加えます。ビール特有の苦みや香りを加え、泡立ちもよくします。この日は、ドイツ産のホップを使用。

新美さん:
「(ホップは)使い分けしています。こだわっているのが、ホップは1種類しか入れない。『シングルホップ』の方が、ダイレクトにこのホップはこの香りなんだと飲んでいてわかりやすい」

 新美さんは、作るビールによってニュージーランド産、オーストラリア産、アメリカ産など、ホップの使い分けをしています。その特徴を感じてもらうために、1種類のホップを使用。その分難しいのは、時間ごとに3回に分けて入れるタイミングです。

最初に入れるホップは、しっかり煮出して「苦味」を出します。次に約15分経ったところで「泡立ち」をよくするための2回目。最後は、残り5分のところで浅めに煮だして華やかな「香り」を生み出します。ただ、ポイントである“飲みやすさ”を追求するために、全体のホップの量は少なめです。

そして、風味付けの「イチジク」をベストのタイミングで投入。煮沸が終わったら仕上げのタンクへ移し、約1か月かけて発酵・熟成させ、最後に炭酸を加えたら、新美さんこだわりのクラフトビールの完成です。

深みある金色の輝きの「フィグ イチジク ヴァイツェン」は、フルーティーな口当たりの良さと、ほのかな苦味、そしてイチジクの香りが鼻をくすぐります。これを目当てに“岡田に行きたい”と思わせる極上の一杯です。

■「世界から人が集まる面白い町にしたい」…クラフトビールを使って町おこし

 極上のクラフトビールを作る新美さんは、工房の近くで新たな町おこしを計画しています。

新美さん:
「面白いお店を作ろうと思って改装」

 しばらく空き家だったおよそ築90年の立派な古民家に、新美さんは地元の仲間と共に、ビールを提供するレストランやカフェ、ベーカリーを作る計画で、2022年4月のオープンを目指しています。

新美さん:
「この町でいろいろ作っていきたい。まずは地元の人間が2、3人現れると土台ができ、その後に外からの人を受け入れる体制ができたら、もっと面白い町になっていくかな」

古きよきものを生かし、世界から人が集まるような面白い地元にしたい。その想いが、新美さんを突き動かしています。

金賞を受賞したイチジクが香る「フィグ イチジク ヴァイツェン」(693円)は、通信販売でも購入が可能で、ビール工房の隣にある「お食事処 範丈亭」でも食事と共に楽しめるということです。