タクシー業界は新型コロナの影響を受け、まだまだ苦しい状況が続いています。三重県でタクシードライバーをする62歳の男性の2022年2月の稼ぎは約5万5000円でした。男性は、一人娘の卒業式の袴レンタル代も工面することができませんでしたが、卒業式の前日に今してあげられる精一杯のことを形にすることができました。

■ほとんど働いている価値ないから…1日10時間働いても月の稼ぎが5万5000円のタクシードライバー

 三重県のJR津駅。鈴なりになった“客待ち”のタクシーがいつもの光景です。

原勝彦さん:
「お金も無いので、自分でおにぎり握って持ってきて食べています。車の中で食べたら、おいしいこともない、冷たいですし…」

【画像20枚で見る】娘の卒業式で“袴レンタル代”工面できず…月の稼ぎは約5万5千円 62歳タクシー運転手の春

ドライバー歴18年の原勝彦さん(62)は、いつ来るのかもわからない客を待ち、仕事時間の大半をここで過ごしています。

原さん:
「ほとんど働いている価値がないから。売上無かったらゼロやから…。10時間駅におったって、2件や3件で2000円くらい売上たって、生活できへん」

原さんの2月の稼ぎは約5万5000円。1か月のうち17日、1日10時間働いた結果です。この日も朝から晩まで働いて、お客は8組。ここ最近ではまずまずですが、短い距離ばかりで“あがり”は1万4000円。そのうちの半分が会社の取り分です。

■まん延防止解除も街に人は戻らず…新型コロナの影響を受けるタクシー業界

 三重県は3月7日に「まん延防止措置」が解除され、少しずつ街に人は戻ってきました。しかし、夜の繁華街でお客を待つドライバーからは明るい話題は聞こえてきません。

タクシー運転手:
「変わりません。やっぱりみんな家飲みが多いんちゃいますの。まだ企業さんが動いてへん。企業さんが動かんことには、県庁関係とかね…」

別のタクシー運転手:
「やっぱり皆さん、まだまだ感染者の数が多くて、飲みに行ったりする気になってないですね」

新型コロナの大きな影響を受けたタクシー業界。三重県内のタクシー会社全体の売上は、2019年度は68.6億円でしたが、2020年度は44.1億円と24億円も下がりました。

■建てた家はバブル崩壊でローンが返せなくなり売却…今度は新型コロナに翻弄される家族

 原さんの3DKの自宅は、家賃1万2500円の市営住宅。妻の左都子さん(59)と娘の愛瑛さん(20)の家族3人で肩を寄せ合って暮らしています。

妻の左都子さん:
「ひどい状態になったときあって、本当に働き口探せって主人も言ったぐらいで、だから私も探すわって…。1日12時間働いて2千円ってあり得ます?」

原さん:
「吉本の(売れない)芸人さんのギャラとほぼ変わらんよ」

左都子さん:
「コロナで翻弄されました、私ら家族は」

 生まれ故郷である大阪の冷凍食品会社に勤務していた原さんは、1992年に職場で出会った左都子さんと結婚。バブル景気にあやかり、自慢の一戸建てを構えました。この頃は、明るくまっすぐな道だけが見えていました。ところが、バブル崩壊で生活は一変。収入は激減し、家のローンだけが残りました。

原さん:
「(仕事の)シフト変えで家のローンの支払いができなくなったので、諦めた方がいいなと家を処分して…」

 一人娘の愛瑛さんを授かったのは、42歳の時でした。大阪を出た後は広島県でタクシー運転手として働き、2019年に愛瑛さんが津市の短大へ進学するのをきっかけに家族で三重に移り住みました。

愛瑛さん:
「(父が)とても大変そうだなと感じて、自分だったらしたくないなっていうのは正直あります。私にはできないことなので尊敬しています」

原さん:
「お世辞でも、テレビ用の言葉でもうれしいわ」

新しい暮らしを始めて、わずか1年で新型コロナに覆われた生活。原さんの心もとない稼ぎだけではやっていけず、妻の左都子さんも病院の配膳係として働き始めました。

■父親らしいことをしてやりたいが…娘の卒業式の袴レンタル代も工面できず

 先が見えない中、この春に娘の愛瑛さんが短大を卒業します。

原さん:
「(袴の)柄も自分で安いの選んで段取りしていたから。お金のかかる部分あるから、出せるもんなら出してあげたいし、本人の似合う色もあるやろうし…」

原さんは、袴のレンタル費用を工面することができませんでした。

原さん:
「誕生日は3月末なので、まとめて何かあげられればあげたいのはある」

「父親らしいことをしてやりたい」、それが今の原動力です。

流し営業と常連客からの呼び出しで成り立っていた広島時代と違い、三重のタクシーは“待ち”が基本です。

タクシーの女性客:
「もっとキレイにしてこればよかったわ」

原さん:
「化粧しなくても、十分若くてキレイですよ」

気に入ってもらえれば次につながると、苦手な“営業トーク”も頑張りました。

■今してあげられる精一杯のことを形に…愛娘へ卒業のプレゼント

 明日は、愛瑛さんの卒業式です。

原さん:
「(カバンの中を探りながら)何か変なもん入っとるわ。(紙袋を渡して)はい、卒業おめでとう」

愛瑛さん:
「ありがとう」

1万4400円の腕時計と3200円のネックレス。

原さん:
「社会人になったら、時間をきっちり守って行動できるように。それが一番大事だから。いちいち小さいこと気に留めて、グチグチ言っていてもしょうがないから、前だけ見て生きろ。100万円200万円のダイヤモンドの宝石よりもきれいに光るから。あなたが光らせられると思うから」

愛瑛さん:
「感謝の気持ちもいっぱいですし、必ず大事に無くさないようにします」

今してあげられる精一杯を、形にしました。

 今日も原さんは、いつも通り駅前に…。お昼ご飯は、やっぱりおにぎり。でも、この日のおにぎりは、少し特別です。

原さん:
「今日は気が向いたのか、子供が握ってくれとった。大きすぎて、味が薄くて、形がいびつやから、まだまだ合格点にはならない」

そうは言いながらも、原さん何だかうれしそうです。

タクシードライバー原勝彦さん。今は、長い長い“待ち時間”の途中です。