人口約1000人の愛知県豊根村に住む63歳の男性は、村おこしのために2012年からキャビアで有名なチョウザメの飼育を始めました。この男性は、2018年に村がPRのために制作したポスターのモデルにもなりました。その後、2019年に村にやってきた24歳の男性を”後継者”として飼育法を伝授。ベテランと若者で育ててきたチョウザメは、村の特産として期待が高まっています。

■少しずつ村の名物に…ふ化にも成功し3年間でチョウザメは1万匹に

 名古屋から車でおよそ2時間。のどかな風景が広がる愛知県豊根村は、過疎化が進み人口わずか1000人ほどの県内で“最も小さな自治体”です。

【画像20枚で見る】就活の違和感きっかけに“覚悟の引っ越し” 村の師匠と目指すチョウザメの卵・キャビア特産化

豊根村に住む熊谷仁志さん(63)は、2012年からチョウザメの養殖をしています。熊谷さんは、2018年に村が制作したポスターのモデルにもなりました。

熊谷さん:
「(当時の土木課長が)『面白いものできんかね?』『世界三大珍味どう?』って。アマゴを飼っていたので、『チョウザメなら飼えるかも』って言ったのが始まり。(2018年には)まだ2000匹くらい」

アユやアマゴなどの淡水魚を育てるのが趣味だった熊谷さんは、“村おこし”になればと、養殖に取り組み始めました。いまだ確立されていないチョウザメの飼育法。2019年に取材した際は、数を増やすべく試行錯誤を繰り返していましたが…。

熊谷さん:
「今はもう5倍、いや10倍ぐらいに。1万匹ぐらい」

現在チョウザメの数は1万匹に。熊谷さんは、2021年5月に難しいとされるチョウザメのふ化にも成功していました。

大きくなった身は、村内の道の駅や飲食店に卸していて、チョウザメ料理を目当てに観光客が訪れるなど、少しずつ村の名物になっています。

熊谷さん:
「思った以上に(うまく)いっています。最初の1年目は全然失敗で、70%ぐらい死んじゃって…。2年目にそこそこ結果が出て、3年目は大体うまくいくように」

■求められる場所で働きたい…若い人を求める村での挑戦を選んだ若者

 チョウザメの養殖をする熊谷さんには、いま“後継者”ともいえる存在がいます。2019年に名古屋からやってきた小早川武史さん(24)です。

小早川さんの日課は、朝昼晩の見回りと、毎日のエサやりです。

小早川さん:
「毎日エサをあげないといけなかったり、水質で成長が変わってくるので、エサの食べ残しが無いように調整するのが難しい」

小早川さんは、大学3年の時に地方移住のイベントに参加したのをきっかけに、「地域おこし協力隊」として移住してきました。もともとは大手企業への入社を目指していましたが、就職活動をしているうちに“違和感”を覚えるようになったといいます。

小早川さん:
「面接とか、どうしても冷たくあしらわれるというか…。地方だと若い人を求めて『新しいことにチャレンジしてほしい』って声があって、自分はこっちの道で挑戦したいなって」

求められる場所で働きたいと、全く縁のなかった豊根村にやってきました。

■最後は魚に対しての情熱があるか…後継者にチョウザメの飼育法を伝えるベテラン

 この日、熊谷さんは、小早川さんにチョウザメのオスとメスの見分け方を教えていました。

オスとメスの見分けがつくまでに何年もかかるというチョウザメ。飼育には、水質や温度の管理など細かい調整も必要で、小早川さんはまだ自分の力だけではふ化させることはできません。

熊谷さん:
「3年見たらかなり(養殖の)勉強できるかな…。そこからが本物になるかが決まってくる。今まではおんぶに抱っこ。最終的には自分の努力と、魚に対しての情熱がどれだけあるか…」

小早川さんは、まだまだ修行の身で、これからが本番です。

■土も触ったことがない人が村に貢献してくれた…生計を立てるために農業にも挑戦

 小早川さんは、チョウザメの養殖以外に、村内で学習塾も開いています。

そして、農業にも挑戦。この地で生活していくのは、決して楽ではありませんが、そんな若者の力になったのが、村の人たちでした。

小早川さんが農業のイロハを教わったのが、村井忠市さん(77)と妻の恵子さん(75)。

村井忠市さん:
「早いもんだな、3年経つ」

妻の恵子さん:
「土も触ったことない人が一からやってくれた。村にも貢献してくれて、住民も増えたし」

村の人たちにとって、若者は宝です。

忠市さん:
「本当、頑張ったと思うよ。今の若い人は、口だけは達者だけど、実際にやるっていうと、まして農業じゃ…。あとは、豊根にずっとおってくれりゃ、こんないいことはない」

■育ててきたチョウザメに卵が…特産として期待が高まる「キャビア」

「地域おこし協力隊」としての任期は2022年3月で終了しましたが、小早川さんはそのまま村に残ります。

小早川さん:
「20代全てチョウザメに捧げてみて、どういう結果になるか…。好奇心でしかない」

メスが卵を持つようになるまで10年かかるといわれるチョウザメ。自分が育てた魚を見届けたいと、村に定住するため、一軒家への引っ越しも決めました。

「地域おこし協力隊」として毎月支給されていた約15万円の手当も無くなるため、“覚悟の引っ越し”となりますが、後悔はしていません。

小早川さん:
「将来、家族を持った時に大きい家に住みたい願望があったのでこの家に。何かあったら周りの人とか、色々サポートがあるので不安は無い」

ベテランと若者、2人で取り組んできたチョウザメの養殖は、ここにきて大きな成果が実りつつあります。熊谷さんが育てたメスのチョウザメが、卵である「キャビア」を持つようになったのです。

熊谷さん:
「10年までにキャビアとふ化をやりたいのが目標で。予定通り来たかな」

小早川さん:
「事業の節目というか、大きな挑戦の時に立ち会えたのは嬉しく思いますし、楽しみ」

うまくいけば、産卵シーズンを迎える冬には、豊根村のキャビアが誕生します。

熊谷さん:
「(小早川さんが)成長してくれれば、私が楽させてもらえる。現状の延長線で頑張ってもらえれば、自ずとできるようになるんじゃないかな」

小早川さん:
「(熊谷さんに)追いつけるように頑張って、自分のためでもあるけど、村のために貢献したい」

ベテランと若者、2人が生み出すキャビアには、村の大きな特産として期待が高まります。