野生のシカによる農作物の被害が増加している三重県に、“独自の罠”で狩る達人のハンターがいる。仕留めたシカはシェフが「世界一」と絶賛する品質で、絶品の高級フレンチに生まれ変わる。達人の猟に密着し、こだわりを探った。

■獣害に悩む町で奮闘する凄腕ハンター 仕留めたシカは食材としても評判に

 三重県津市美杉町。町は増え続ける“厄介者”シカに困り果てていた。

【動画で見る】仕留めたシカを最高のジビエに変える“特殊な技術”…獣害に悩む町で奮闘する凄腕ハンター

製材業者の男性:
「あそこの山、シカが植えた木を食べて、山が再生していかんのが一番あかんのですわ。もう、シカのエサ作っとるみたいですわ」

農家の女性:
「苗がなってきたらたべますしね…。シカが来なかったら、こんなネットみんな作りませんよ」

三重県内で、2020年に駆除された野生のシカの数は、9年前の3倍にあたる約1万8000頭。県内での農作物への被害額は、年間4700万円を超える。

 古田洋隆さん(67)は、年間約600頭のシカを仕留めるという「凄腕ハンター」だ。

古田さん:
「服を売ったり配達をしていたら、シカが何頭か出てきて家の前の畑の小豆を食べたとか。だんだん獣害がひどくなってきて。ですから捕ってくださいって依頼された」

 元々趣味でやっていた狩猟。人助けのつもりが本格化し、17年前に本業になった。そしていつしか、古田さんが仕留めたシカは「ジビエ料理」の食材としても評判になった。

野生動物の肉に残る独特な獣臭さも、古田さんが持ち込んだ肉にない。古田さんのシカを提供している津市の「ミュゼボンヴィヴァン」のシェフも絶賛だ。

ミュゼボンヴィヴァンのシェフ:
「よくプロの料理人さんに『臭みけしはどうしているの?』とか聞かれることが多いんですけど、古田さんの技術で完璧な処理をして頂けますので、僕はただ焼いているだけというか、何もせずともおいしい雑味の無い料理になりますね」

女性客:
「クセも無くて柔らかくて、すごく食べやすくておいしいです」

■特許取得の特殊な罠を使用…シカの習性を利用して確実に捉える

 古田さんのシカ肉が絶賛されるのは、独自の狩猟方法にあった。「猟銃」でシカをしとめた場合、心臓が止まった後も体の中に血が残り、肉に特有の臭いが残る。

「檻」で捕獲した場合は、獲物が体をぶつけて内出血を起こすため肉の色が変わってしまう。

古田さんは無駄にシカを傷つけないよう、改良を重ねたオリジナルの「罠」を使う。

古田さん:
「ボカシてほしいんですよ、これ特許なんで」

特別に見せてもらったその罠は、直径12センチの板。

これを地面に埋め込み…。

シカがここを踏むと、0.2秒で勢いよくワイヤーが飛び出し、足を捕らえる仕掛けだ。

古田さん:
「小さい物が乗っても落ちないように、力の配分ができる罠なんです。シカの動きを見て大きさも見て、注文通りのものを捕るという形になります」

 しかし、広大な山の中に仕掛ける小さな罠を、そんなに簡単にシカが踏むのだろうか…?

【罠猟のポイントその1 獲物の足跡を辿る】

古田さん:
「シカのおりた足跡、ここに足付いた。土の乾き具合で何日前か、1週間前とか。大きさも足跡で何歳のシカというのがわかります」

足跡さえ見つければ、こっちのもの。狙ったシカが頻繁に通る“獣道”を特定し、そこに罠を仕掛ける。

【罠猟のポイントその2 獲物を罠へと誘導】

古田さん:
「自然と足を置くように細工します。(シカは)かたい所は絶対踏まないです。例えばつまようじの棒がここに一本あったとしたら、それは絶対踏まないです」

かたい物をよけて通るシカの習性を利用して、木や石などを配置し、罠へと誘導。

古田さん:
「獣道を左から来たら右足を着くとか、そういう想定まで考えて仕掛けます。これで一応完成です。ここはもう絶対掛かりますよ」

 今回、古田さんが狙いを定めたのは、この時期一流のシェフたちがこぞって欲しがる若い雄のシカ。後日改めて、罠を仕掛けたポイントに戻ってみると…。

古田さん:
「掛かってますね。雄ですね、1歳の雄です」

罠の近くに設置したカメラの映像には、注意することなくシカが罠にかかる瞬間が捉えられていた。

狙い通りの結果だった。

■「命を頂いて自分の命を繋いでいる」…罠にかかった厄介者は素早く“最高の食材に”

 シカが罠に掛かると、すぐに次の作業に取り掛かる。“血抜き”と呼ばれる作業だ。最高の食材になるのか、普通の食材になるのか、重要な分かれ目だ。

古田さん:
「心臓をついたら心臓が動かなくなって、血が入ったまま死んでいます。心臓を動かしながら放血させます。そうすることによって、シカ臭さが100%取れます」

その場で血抜きを終えた後は、自宅の作業場ですぐに解体へ。

鮮度を保つには、仕留めてから1時間以内に解体しなければならない。

素早く作業を済ませ、向かった先はレストラン「ミュゼボンヴィヴァン」。

ミュゼボンヴィヴァンのシェフ:
「キレイですね。若いシカですけど色が濃いですね。こういうシカは肉質がやわらかいんですけど、味が濃いんですよ。実は一番うまいんですよ」

こうして、厄介者が最高のジビエ料理に生まれ変わる。

古田さん:
「人々はどれだけ文明が進んでも電気や原子力では動かないので、やはり物の命を頂いて自分の命をつないでいるんですね。ですから、最高の食材にして余すところなく使ってくれる料理人にバトンタッチができたらいい」