2022年夏、世界的なグルメコンクールで最高評価の「三つ星」を獲得したケーキ店が、愛知県春日井市にある。いつも大勢の客でにぎわうこの店の経営者の願いは、「町の人を喜ばせるケーキ店でありたい」。地域で暮らす人たちの日常に彩りを添える、パティシエを取材した。

■一見コワモテだが…地元愛にあふれたパティシエが作る絶品ケーキの数々

 名古屋から車で1時間弱、愛知県春日井市の高蔵寺。ここに、地域で愛されている「町のケーキ屋さん」がある。店の名前は「パティスリーミュー」。「ミュー」はフランス語で「より良い」という意味だ。

【動画で見る】人気は“ふわとろショートケーキ”…地元を愛するパティシエの魅惑のスイーツ

店はいつも大勢の客が訪れている。目当ては、彩り豊かなスイーツの数々。旬のイチジクを、ぜいたくにも丸ごと1つ使った「丸ごといちじくのタルト」(754円)や…。

たっぷりのカスタードクリームを包んだ「春日井白山ロールカット」(462円)など。

見ているだけで食べたくなるスイーツが常に20種類以上並んでいる。

女性客:
「月に1、2回くらい(来る)。見た目がかわいいところとか、味もおいしいところとか気に入っています」

男性客:
「種類も多いですし、オシャレです、ケーキとか。味もおいしいです」

別の女性客:
「今日は人にあげるものを…」

スタッフ:
「お土産を?何を買ったんですか?」

別の女性客:
「和三盆マドレーヌ」

「黒豆和三盆マドレーヌ」(302円)は2022年6月、ベルギーで開かれた世界的グルメコンテストで、名だたる有名シェフのメニューをおさえて「三つ星」を獲得し、話題になった。

これらのスイーツを生み出すのは、この道27年の松井功太郎(まつい・こうたろう 45)さん。

大柄な体格に金髪、コワモテな雰囲気だが、物静かで若い頃からケーキ一筋。なにより地元のために役立ちたいと考えている、“真面目”なパティシエだ。

松井さん:
「春日井市全体を盛り上げたいと思っているので、とにかく地元の町のケーキ屋さんというのが一番の目標だった」

■看板メニューは「ふわとろショートケーキ」…手間を惜しまない細部へのこだわり

 松井さんの代名詞とも言えるメニューが、「ふわとろショートケーキ」。ビックリするほどフワッフワなスポンジケーキと、口の中に入れた瞬間にとろけるなめらかな生クリームが特徴だ。

女性客:
「本当に言葉通りです、『ふわっとろっ』。おいしいです」

別の女性客:
「中に入っているシフォンケーキがめっちゃおいしいです、やわらかくて」

男性客:
「口に入れたら『とろっ』というか。程よい甘さで、うちの孫も好きです」

 客が絶賛する、看板メニューの「ふわとろショートケーキ」。そのおいしさのヒミツを、少し見せてもらった。はじめに取り掛かるのはスポンジ作り。

卵白は、一度冷凍したものを使う。

松井さん:
「その方が、焼きあがった時にふわふわになって安定するんです」

手間はかかるが、冷凍することで焼きあがった時に生地の気泡がより細やかになるという。

使う砂糖は、一般的なグラニュー糖ではなく、上白糖。

松井さん:
「水分を含んだ、しっとりした砂糖ですね。こちらを使っています」

上白糖はダマになりやすいなど一般的に扱いにくいともいわれているが、松井さんは、しっとりした生地作りには欠かせないという。

 卵白と同じ理由で卵黄も一度凍らせたものを使う。小麦粉は、目の細かいザルで越す。こうすることで空気を含み、焼き上げた時にふんわりとなる。

これらの材料を混ぜ合わせるのに機械を使うと力が強すぎて気泡を潰してしまうため、微妙なサジ加減が必要な工程は、手作業だ。客を驚かせるフワッフワな食感を実現するためには、手間を惜しまない。

混ぜ合わせた生地を型に流し込んだら、オーブンへ。

松井さん:
「ちょっと高温で焼いて、少しだけ焼き時間を短くしているので、その分しっとり感が出るかな」

180度で27分。しっとり感の命でもある水分が必要以上に蒸発してしまわないよう、高温かつ短時間で焼き上げるのが重要だという。

 続いては、このケーキのもう一つのポイントの「生クリーム」作り。乳脂肪分が異なる3種類のクリームをブレンドすることで、コクがありなめらかな口当たりになるそうだ。

ここも仕上げは「手作業」。理想の滑らかさを、松井さんはいつも「手」で確かめる。泡立て器で持ち上げた時、「ピン」と角が立たないくらいが出来上がりの合図だ。

焼きあがった生地に、とろ~り濃厚な生クリームをたっぷりと…。飾りつけに、季節のフルーツを添えれば完成。

松井さんのこだわりが尽くされた「高蔵寺 ふわとろショートケーキ」(646円)。ふわっとした口当たりのスポンジに、とろける食感の生クリーム。それぞれの素材の持ち味を生かした極上の味わいだ。

松井さん:
「スポンジと生クリームで包まれたケーキを最初学んだんですけど、それがものすごくおいしくて。ショートケーキは自分の中の自信があるものですし、そこで勝負したいなっていうのはあります」

このショートケーキは、春日井市内で開かれたグルメイベントで3度優勝。市民からも味のお墨付きをもらっている。

松井さん:
「販売個数も断トツに多くて、会場中で皆さんがデザートを食べていたので、うれしかったですね」

■多くの商品名に「地元の地名」…目標は“町のケーキ屋さん”

 幼い頃からケーキが大好きだったという松井さん。高校卒業後、迷うことなく洋菓子の世界へ。

東京の名店や「ヒルトン名古屋」などで経験を積み、36歳で店をオープンした。

松井さんの作るケーキには特徴がある。「高蔵寺白山ロール」に「高蔵寺いちごロール」、「春日井白桃ゼリー」など…。

多くのスイーツに「地元の地名」が入っている。

松井さん:
「地名を入れているのは、オープンの頃からなんですけど、とにかく地元の町のケーキ屋さんというのが一番の目標だったので」

地域で暮らす人たちの日常に彩りを添える、そんな店作りを目指してきた。

■誕生日ケーキも数々の絶賛の声…客の喜ぶ姿を想像しながら「もっともっといいものを」

 ふわとろショートケーキの他にも、大切にしているメニューがある。「誕生日ケーキ」だ。

松井さん:
「一番は作りたて。作りたてですね」

大量に注文が入る日もあるそうだが、決して作り置きすることなく、手渡す直前に作るようにしている。

松井さん:
「ホテルとかレストランとかいろいろ経験はしてきましたけど、町のケーキ屋さんというのはお誕生日ケーキが一番メインかなと思っていまして、おいしさだけではなくて、やっぱりいろんなシーンで思い出に残るような時に、真ん中にはケーキがあったりするので」

男性客:
「きょう父の還暦祝いで、実家に帰ってきているので…。買ったことも秘密にしているので」

別の男性客:
「3歳になります。元気に本当に素直な感じできてくれているので、元気に育ってうれしいですね」

また別の男性客:
「母親の誕生日ケーキです。72歳ですかね」

松井さん:
「お姫様ケーキですね。間違いないでしょうか」

男性客:
「喜んでくれると思います」

主役は町の人たち。客が喜ぶ姿を想像しながら、ケーキ一つ一つに思いを込め、松井さんは今日も厨房に立つ。

松井さん:
「ここまで皆さまにご支持いただけているかなと少しは思っているので、本当に大変感謝していますし、これからももっと、もっともっといいものを作っていかなきゃいけないなという思いはあるので、それを一緒に春日井の素晴らしい皆さんの中で広げていきたいという思いはあります」