三重県津市で人気のおでんの店が2022年9月、30年の歴史に幕を閉じた。店主が次の挑戦の舞台に選んだのは東京。感謝の気持ちを込めた最後の営業と、新天地での奮闘を取材した。

■きっかけはコロナ禍の長期休業…三重県津市の名物おでん店が東京に移転し勝負

 三重県津市で30年愛されてきた「おでんのオサム」。

【動画で見る】30年愛された店を閉め“勝負の上京”…初日に店長が掴んだ「確信」

大勢のお客さんでにぎわう店内。

男性客:
「おいしいです」

女性客:
「めちゃくちゃおいしいです。あっさりのおだしで、おだしが効いてて」

人気の理由は、この透き通った黄金色のだし。

店主の加藤理(かとう・おさむ 52)さん。

店主の加藤理さん:
「これはアジとかサバとか煮干しとかも色々入っていましてね…。松阪の鰹節屋さんに特注で作ってもらっている。うちは塩ベースの味ですので、うま味はくじらの皮でうま味がぐっと深まりますね。甘みとかは具材の甘みも出ますので」

自慢のだしを使った加藤さん一押しのメニューが…。

女性客:
「これこれ、私めちゃ楽しみにしててん」

「トマトのおでん」だ。ダシのうま味をトマトの酸味が引き立てる。

女性客:
「おいしい。大好きなんです。このダシとトマトがすごく合うって感じで」

店を手伝うのは、妻・歩(あゆみ 52)さんと次女・諄(まこと 22)さん。

 地元の高校を卒業後、大阪の調理師専門学校に進学した加藤さん。修業先の割烹料理の店で、おでんの魅力に取りつかれたという。

加藤さん:
「くじらの皮を入れたおでんの味に、ビビッと衝撃を受けましてね。これ津でやったら絶対受けるんじゃないかなと。休みの日は、おでん屋を食べ歩きしまして」

3年間の修行ののち、22歳で地元に戻り自身の店をオープン。

それから30年。有名人も数多く訪れるなど、三重の名店として知られるようになった。

しかし、9月でその店を閉めることに。

加藤さん:
「こんなに2か月とかね、休んだこと無かったですからね。やっぱりその時ね、フツフツと色んなこと考えましたね」

コロナで休んでいる間に、長年温めてきた夢を実現させたいという思いが湧いてきたという。

加藤さん:
「次は東京行くぞと、ずっとフツフツと思ってました、それは。でもやっぱり地元で結婚して子供ができて、踏ん切りが付かなかったんですけど…。そこで『東京で一度勝負したいな』っていうことを考えたのは、コロナがキッカケですね」

三重の人たちに愛された、このおでんの味を引っ提げて東京で勝負してみたい。単身で上京することを決断した。

妻の歩さん:
「子育ても一段落したし、今度は自分だけのことをエンジョイしてもらえるんじゃないかと思います。応援しかないですね」

■最終日は常連客や友人が“食べ納め”…感謝の気持ちを込めた「最後のおでん」

 最後の営業日。

長年通ってきてくれた常連客や友人たちが、食べ納めにきてくれた。

男性客:
「本当に(東京に)行くんやろうな?」

加藤さん:
「ほんと、今日ほんと最後、今日ほんとにほんと最後の最後ですから」

男性客:
「(津市)大門のおでんのオサムが東京でやるんやって、嬉しいことしかなくて」

別の男性客:
「すごく残念ですけど、東京にたまに行くので、東京にも行ってみたいなと思ってます」

これまでの感謝の気持ちを込めて、最後のおでんを振る舞った。

男性客:
「おいしいです」

別の男性客:
「めちゃうまい、めちゃうまい」

そして、午後9時。

加藤さん:
「何もなくなりました、本当にありがたいです。思い残すことは無いです」

加藤さん(客前で):
「皆さん、一旦しめさせて頂いていいですかね。今日は本当にありがとうございます。同級生とかですね、馴染みのお客さんが集まって頂いて本当に嬉しいです。おでんも全部なくなりました。ありがとうございます」

男性客:
「30年間ありがとう」

加藤さん:
「東京でも頑張るぞ!負けないぞ!」

「東京で一旗あげたい」。そんな自分を温かく送り出してくれた三重の人たち。もう戻ってくるわけにはいかない。

■プレオープンまで1週間 新天地に選んだ東京・中目黒でラストスパート

 5日後。加藤さんの姿は東京・中目黒にあった。

加藤さん:
「オシャレ、やっぱりオシャレ」

若者にも人気、飲食激戦区のこの町で勝負することに。

加藤さん:
「ここやここや、あれの3階。まだ電気ついてない。ここ、前はここもんじゃ焼きの店だったんですよ。まだ全然やな、間に合うのかなこれ。大丈夫かな、これは?本当に1週間ですよ、ヤバいな。ヤバいですね」

プレオープンまであと1週間にもかかわらず、工事の進捗状況が思わしくないようだった。

不安は募るが、加藤さんに心配している時間はない。食材の仕入れ先の選定から、家具の調達、さらにはアルバイトの面接まで、全て1人で行わなければいけない。慣れない土地で駆けずり回り、クタクタに…。

加藤さん:
「風呂入って寝たいわ、もうどこでもいいわ、もう寝れたらいいわ。ここで寝ます。段ボールに囲まれて」

■三重の味を全く変えずに勝負し高評価 プレオープンは大成功

 そして、迎えたプレオープンの日。

記者:
「店はいつできたんですか?」

加藤さん:
「完成が昨日。間に合ってよかった、ほんと」

ギリギリでなんとか間に合った。さらに、こんな心強い“味方”も…。

加藤さん:
「鳥羽のカキ、送ってもらいました。今日出します、三重の味を。ビックリさせたろ」

開店時間の午後6時。

あいにくの雨だったが、大勢の客が訪れた。

加藤さん:
「いらっしゃい、毎度どうも。三重から来ましたオサムです。よろしくお願いします加藤です。今日は味、見てってください」

作り方は三重の店と変えていない。くじらの皮でうま味を出した関西風のおでん。まずは、自慢の「トマト」で勝負。

男性客:
「おいしい」

女性客:
「珍しいと思う、とてもおいしいです」

そして、次は…。

加藤さん:
「これがカキのおでんです。鳥羽のカキのおでんです」

男性客:
「カキ、うまかったですね。カキ(のおでん)は初めて食べましたけど、おいしかったですね」

三重の味は東京でも立派に通用する。加藤さん、確信したようだ。

加藤さん:
「今日はほんと雨の中、ありがとうございます。私、三重の津市から来ました、おでんのオサム・加藤理です。よろしくお願いします。本当に食べて頂いてどうですかね、この関西の味が東京に受けるかなというのが…」

男性客:
「おいしいです」

加藤さん:
「ありがとうございます。本当に皆さま、これからまたよろしくお願いします」

女性客:
「お酒ともあいますし、すごくおいしかったです」

男性客:
「褒めること、僕あまりしないですけど美味しかったです。ここからチャレンジしようという気持ちがすごいなと思って、頑張って頂きたいなと思って応援してます。来させて頂きますので、ぜひよろしくお願いします」

加藤さん:
「とりあえず今日は大成功でしたね、本当に良かったです。自分出し切りました。みなさん今日はお褒めの言葉を頂きましたけど、気を緩めることなく、色気も出さずに東京に広めたいと思います。全国に広めたいと思います」