国宝犬山城が観光客でにぎわう愛知県犬山市に、もうすぐ100年目を迎える老舗の洋食店がある。看板メニューは創業以来続く「オムライス」だが、3代目の夫婦が伝統を守りながら新たな挑戦を始めた。

■まもなく創業100年…「オムライス」が看板メニューの老舗洋食店

 名鉄・犬山駅の東にあるレストラン「キリン亭」は昭和2年(1927年)に創業し、平成6年(1994年)、この場所に移転してきた。

【動画で見る】看板メニュー『オムライス』のレシピ公開…老舗洋食店を守る3代目夫婦 創業100年へ

創業時は犬山城の東、木曽川にかかる犬山橋のたもとにあり、川沿いを散策したついでに立ち寄るような店だったという。

看板メニューは創業以来続く「オムライス」。

女性客:
「デートで木曽川を歩こうかって話になって、キリン亭に入ろうかと言って入った。オムライスとか食べながら、ビールを飲んだのがとても印象的で…」

移転前の平成4年(1992年)に空から撮られた映像からは、犬山城が見える橋のたもとという、バツグンのロケーションにあるのがわかる。

しかし橋の上を電車と車が隣り合って走る状態が危険だと、車用の橋が新たに作られ、キリン亭も移転した。

■店を継いだのは2代目の次男 妻「夫はおいしくするための努力は惜しまない」

 2代目が病気のため3年前に他界し、跡を継いだのが次男の松山哲也さん(44)だ。

名古屋の飲食店で10年間修業を積んだ哲也さんと、調理師学校にも通っていたという敦子(あつこ 44)さんが夫婦で切り盛りしている。

敦子さん:
「昔からよく言うのは、(夫は)優しさが服を着て歩いているみたいな。トゲトゲしたとか、めちゃくちゃ辛いとか、そういうものはあまり作らないですね。よりおいしくするための努力は惜しまないなと思います」

哲也さんは次男だったが、兄の別の道に進みたいという思いを聞き、跡を継ぐ決意をした。

その時の先代の様子を、母の廣子(ひろこ 70)さんは…。

哲也さんの母・廣子さん:
「やってくれるのは嬉しかったと思います。やっぱり自分の代で終わらせるのは忍びなかったと思います」

哲也さん:
「子供のころから両親の姿を見ていたので、働いている姿を楽しそうだなと思ったんだと思いますね。料理の話は正直そこまで話はしたことないですね」

■「受け継いだ味知ってほしい」…父から“唯一教わった”「昔ながらのオムライス」の作り方

「レシピは見て覚えろ」という父だったが、唯一教わったのが創業以来続く「オムライス」だった。

今回、哲也さんは老舗が受け継いできた味を知って欲しいと、そのオムライスの作り方を教えてくれた。

哲也さん:
「これが鶏肉ですね。食べやすいようにひと口サイズに切ってあります。これを油で炒めていきます」

先代がこだわっていたのが、チキンライスに使うソース。鶏肉を炒めてから細かくみじん切りにしたタマネギを加え、さらに30分ほど炒める。

哲也さん:
「父は鶏肉を炒めてからタマネギを入れる、僕はそれが逆(タマネギが先)でもいいんじゃないかということも考えたりしまして…。のちのち父の言っていた方が良かったのかなと」

タマネギの水分がとんだら、日本酒を加えてなじませてから、ケチャップを入れる。

哲也さん:
「ここにローリエを入れます。これで沸いたら火を止めて寝かせて完成っていう感じですね」

味に深みを出すため、ソースは最低でも1日は寝かすという。

それを、地元犬山産と岐阜県産のブレンドというご飯に絡めて、バターを加え炒める。

チキンライスを包む卵は、最近は生クリームや牛乳などを加える店が増えたが、「キリン亭」では伝統を守って、卵だけで勝負。

ほどよく火を通したら、チキンライスを包んで皿へ。かけるケチャップは少し薄めに仕上げ、とがった味を消してある。大正14年(1925年)に日本で誕生したといわれる、この形のオムライス。「キリン亭」では、その2年後から作り始めた。

「昔ながらのオムライス」(900円)。歴史が味わえるメニューだ。

男性客:
「丁寧に作っているのをすごく感じるので、その丁寧さが好きで来ますね」

女性客:
「飽きないです」

この日の母のまかないのメニューは、哲也さんが作るオムライス。食べるのは久しぶりだという。

哲也さんの母・廣子さん:
「おいしいです。卵もフワっとして。(2代目の味に)似ています、味が。優しくておいしい。お父さんは、たまにあわてると(卵が)破れとった。このへんが破れている時が…」

哲也さんの優しさが料理にも表れているようだ。

■店舗移転にコロナが追い打ち 危機乗り越えるためにアレンジメニューを次々と考案

 修業先から戻って3代目として店を継いだ哲也さん。当初は、移転もあり苦しい思いもしたという。

哲也さん:
「その頃は、正直お客さんは少なかったですね。1日に10人20人来たらいいかなっていう感じでした」

さらに追い討ちをかけたのが、コロナだった。

敦子さん:
「散々でしたね。他の店と一緒で」

哲也さん:
「誰も来ない」

敦子さん:
「営業自体ができなかったので、さすがにその時が一番ピンチだと思いました。続けていく事に関して」

100周年を控えて存続の危機に。

そこで哲也さんは、修業で得た洋食のノウハウを生かした新たなメニューを次々と考案した。

伝統のオムライスに、アレンジしたメニューを追加。若い人にも食べて欲しいと、「ふわとろ卵のオムライス」を作った。

イマドキのメニューだが、老舗のこだわりが詰まっている。

哲也さん:
「これはデミグラスソースです。牛の骨とかでだしをとって牛スジとかで煮込んで、味噌も混ぜています」

デミグラスソースは、ダシとルーを作るのに合わせて16時間。そこから丸1日寝かせてトマトやスパイス、隠し味に八丁味噌を加え、さらに6時間煮込むという手間のかけようだ。基本に忠実に、とにかく丁寧につくる。老舗のプライドだ。

伝統のチキンライスと、3代目オリジナルのデミグラスソースが融合した懐かしくて新しいオムライスの完成だ。既にファンもいるという。

「自家製デミグラスソースとふわとろ卵のオムライス」、980円。

2022年10月からは、イタリアン、「ボロネーゼ」のパスタも始めた。

哲也さんが修業先で作っていたメニューを進化させたという。ソースは牛スジや野菜、スパイスなどを炒めて約10時間煮込んだものを、さらに丸1日寝かせてから火を通して使う。

麺は、モッチリした食感の生麺を探し、大阪から取り寄せた。

パルメザンチーズを加え、炒めあがったら盛り付けて…。

哲也さん:
「ここに温泉卵を乗せます。それからブラックペッパーをかけまして、パルメザンチーズをおろします」

洋食店での経験を存分に生かした「牛すじ煮込みのボロネーゼスパゲティ」(1000円)。

たっぷり乗せたパルメザンチーズと、深みのあるボロネーゼの相性がバッチリだと大好評。

妻の敦子さんが考案したメニューもある。2年前から始めた「ジンジャータコライス」(900円)だ。

ショウガが添えられているが、刺激は抑えめで幅広い年齢に人気だという。

他にも日替わりランチを一新するなど、試行錯誤しつつ新たな取り組みを重ねた結果、にぎわいが少しずつ戻ってきた「キリン亭」。哲也さんは、妻の敦子さんの存在が大きかったという。

哲也さん:
「僕が比較的悩みやすいといいますか、ちょっとした事で思い悩んだりくよくよしたりするんですけど、いつも明るく楽しい、ニコニコ笑って、気持ちを楽にさせてくれる存在ですね」

敦子さん:
「どっちかっていうと職人派なので、一人でコツコツやる方が好きなので、彼がこういう風に考えてますよとか、こういう事を今後やりますよとか、発信していく窓口ですね」

まもなく創業100周年を迎える「キリン亭」は、これからも伝統を守りつつ、夫婦で新たな取り組みを続けていく。

最後に店をどうしていきたいか、2人に聞いた。

敦子さん:
「みんなが来て楽しいお店」

哲也さん:
「夜の新しいメニューを開発したりして、夜もみんなでワイワイできるような雰囲気のお店にしていたらいいなと思っています。それが目標です」

2022年10月26日放送