全国の書店数は、ネット通販や電子書籍の普及で、新刊を扱う書店は10年間で約3割減と、「街の本屋さん」がどんどん姿を消している。2023年1月31日に閉店した、客や作家から愛されてきた書店員夫婦がいる名古屋市の名物書店の最後に密着した。

■客と一緒に好みの本探し 品揃えと棚づくりで信頼される“街の本屋さん”

 名古屋市瑞穂区で35年続く「七五書店(しちごしょてん)」。

【動画で見る】売上は半分程に…35年続いた名物書店の“最後の1日” 作家からも愛された書店員の夫婦「やる事はやった」

店長の熊谷隆章(くまがい・たかあき)さん(44)。

熊谷隆章さん:
「腰のコルセットです。腰がちょっと悪いので。荷物を持って、動きが多いので、腰を痛めやすいんですよね」

コルセットを巻いたら、Twitterで挨拶するのが熊谷さんの朝のルーティンだ。

一緒にこの書店の店員をしている妻の由佳さん(44)は…。

妻の由佳さん:
「忙しいから予約投稿にすればいいんじゃないかなと思うんですけど、開店と閉店はちゃんと自分でやりたいというこだわりで」

午前10時、店の外に「本」の幕を広げるのが開店の合図だ。

約50坪の店内には、専門書からコミックまで2万冊余りが揃う。

由佳さん:
「もともと2人とも書店員で結婚する前から書店員だったので…。2人とも(書店員が)天職のようなところがあるので、それ以外、他に生きようがなかったというか」

東京に住んでいた由佳さんは、「本屋巡り」のため訪れた名古屋でこの店に立ち寄り、隆章さんの作る棚に驚かされたという。

由佳さん:
「ビックリしました。この棚、どうやって作っているんだろうって、すごく思いました。この方が買うだろうから仕入れておこうというみたいな判断で…。すごく勘がいいんだろうなと思いましたし、お客さんの顔が見えていないとできないので」

まるで、誰が買うかがわかっているような品揃えだという。

女性客:
「上橋菜穂子とか好きなんですけど、そういう本ってないですか?」

隆章さん:
「ファンタジーっぽいのですか?そうですね…。ちょっとタイプ違うかもしれませんが、こういうのは?『異世界ファンタジー』」

女性客:
「ふーん、面白いのかな…」

隆章さん:
「今これもありますね。こちらの方が好みに近いかもしれないですね」

客の話から好みの作品を探り当てる。

女性客:
「今、なかなかこういう本屋さんないので。そうなんだ、こういう本あるんだみたいな感じで、教えていただいて良かったです」

膨大な本の中から探り当てるのは骨が折れるのではないか…。しかし隆章さんは「自分では特別なことをしている感じはしない」と涼しい顔だ。

■直木賞作家の大島真寿美さんも…閉店惜しみ地元作家らがボランティアで「1日店員」

 アルバイトで入った大学1年生から、人生の半分以上をこの店で書店員として過ごした隆章さん。

由佳さん:
「(書店に)全部を捧げている感じというか、人生を捧げているというか…」

出版社ごとに整理する従来のスタイルから、ジャンル別の分類にするなど、全国に先駆けて新しい棚作りをしてきた。

ほかにも、大切にしてきたことがある。地元の作家や出版社の魅力を伝えることだ。

隆章さん:
「『名古屋書店員懇親会』という集まりの様子を写した写真ですね。地元の作家さんも応援して、地元の本屋さんの方も呼んで盛り上げていく機運が作れたらいいなと」

入口すぐの一番目立つスペースには、名古屋在住の直木賞作家・大島真寿美(おおしま・ますみ)さん(60)のコーナーを常設している。

由佳さん:
「大体、新刊出ると大きくコーナーを展開して、もう売れないからと返品してしまうというのが本屋はあると思うんですけど、本当に応援したのいものはとことん何年でも置くというところがあるので、やはり自分が作家だったらそこまで応援されたら嬉しいと思います」

壁には、作家たちから感謝の色紙がびっしりと並んでいた。

閉店までおよそ半月となったこの日、愛知県在住の漫画家・ヨコイエミさんが、隆章さんに名残惜しそうに声をかけていた。

ヨコイさん:
「本当に残念です。このあとお店畳まれた後は、なにか?」

隆章さん:
「私は、本屋が終わったら退社ということで…」

ヨコイさん:
「ただただ残念です。本当にありがとうござました」

ヨコイさんの作品を客の目に留まりやすい平積みにして、後押ししてくれたのがこの店だったという。

ヨコイさん:
「今も平台に平置きしていただいていて、名古屋の書店さんで真っ先に平積みしていただいたお店がこちらだったので…」

ヨコイさん:
「名古屋から、1つ良心の灯が消えるようで本当にショックです」

閉店まで2日に迫った1月29日には、地元作家たちがボランティアで「1日店員」を買って出た。直木賞作家の大島真寿美さんの姿もあった。

大島さんは七五書店が自分の作品が日本で最も揃っている店だといい、隆章さんのことを称える。

大島さん:
「誠実に仕事をされているプロフェッショナルだと思います。こういう本屋さんがあると、私たちの本と出会ってくれる機会が全然違いますからね」

この日、店は多くの客で賑わった。

女性客:
「みんながこんなに本を抱えて並んでいる姿、あんまり見ることがない」

客も、隆章さんと由佳さんの今後を気にしていた。

別の女性客:
「お疲れ様でした。次、決まってる…?」

隆章さん:
「決まっていないです」

別の女性客:
「丸善からオファーきていないですか?」

隆章さん:
「来てないです、来てないです(笑)」

別の女性客:
「本屋をやらないんですか?」

隆章さん:
「どうでしょうね、将来的には…」

別の女性客:
「じゃあ、期待しています」

■売上は10年前の約半分に…経営厳しく全国で姿消す書店

 また本に関わる仕事をしてほしいと期待する声もあるが、ハードルは高い。

由佳さん:
「宝くじ当たれば…。本屋をやるのにはある程度資本が必要なので、もしそういうお金が手元にあったとすれば考えていたと思います。売上減っている、本が売れないということですね」

多くのファンを持つ七五書店でさえ、売上は10年前の半分程に落ち込み、特にここ数年は厳しい経営状況が続いていた。書店はこの10年間で全国で約3割も姿を消しているのが実情だ。

隆章さん:
「ずっと厳しいなと思いながらやっていたので、(店を続けるのは)難しいなと。(閉店の)判断そのものはそんなに難しくはないですが、やはりお客さまの事を考えると悩むところは多いですね」

■最後は閉店を惜しむ客からの拍手…大勢の客が訪れた最終日

 1月31日、七五書店の最後の営業日。山形から同業者だという男性も店を訪れた。

山形から来た書店員:
「山形で、書店で務めているんですが、今回、閉店という知らせを聞いて、来たこともなかったんですけど、調整して初めて訪れたところです」

熊谷さん夫婦のファンも。

男性客:
「おふたりがお好きな本を、1冊ずついただけないですか」

男性客:
「ありがとうございます。長い間本当にご苦労様でした」

大勢の人たちが別れを惜しんでやってきた。

女性客:
「お世話になりました」

由佳さん:
「ありがとうございました」

隆章さんには、1つ決めていたことがあった。

隆章さん:
「これでもだいぶ(本が)減っているんですけど、減っているように見えないように。最後までこの店で買い物を楽しんでくださる方がいらっしゃいますので、できるだけ色々な物と出会っていただけるように」

隙間ができたら表紙を見せる置き方に直し、最後まで棚を本で埋め尽くした。

隆章さん:
「ありがとうございました」

男性客:
「落ち着いたら色々話聞かせてください」

閉店時間の午後9時を回っても、店内には客が残っていたが、最後の客が本を選び終わるまで店を開けておくのが、店のルールだ。

最後の客が買い物を終えた後、隆章さんは店の前で、閉店を惜しむ客に深々と頭を下げた。

隆章さん:
「皆様、ありがとうございました」

愛された「街の本屋さん」が、また1つ消えた。

隆章さん:
「やることはやったと言いますか、できないことももちろんたくさんあって、できなかたこともたくさんあるんですけど、自分にやれる範囲のことはやって終えられたような気がします。今までのやり方をやっていたのでは生き残れないだろうし、何か新しいやり方でチャンスをつかんででてくるものもあるんじゃないかなという気がします」

由佳さん:
「楽しかったよね。すごく楽しかったです、最終日」

隆章さんの最後のルーティン、Twitterでの挨拶。

【七五書店のTwitter】
閉店のお知らせ
七五書店は2023年1月31日をもって閉店いたしました。
1988年の開店以来、長きにわたってご愛顧いただき、誠にありがとうございました。