愛知県豊橋市で元ボクサーの男性が作る「冷凍カレー」があります。看板もホームページもありませんが口コミで評判になり、最大で3か月待ちです。時間と手間を惜しまず、ひたすらストイックに作り上げたこだわりのカレーです。

■3か月待ちの人気…折込チラシに包まれた「フクイのカレー」

 新聞の折り込みチラシに包まれた、パッケージもラベルもない「冷凍カレー」。解凍して鍋に移し、水を加えながら加熱するだけの「フクイのカレー」です。

【動画で見る】元ボクサーだけに“ストイック”な作り方…最大3カ月待ちの冷凍カレー『フクイのカレー』高評価のワケ

スパイスが効いた流行りの「エスニック風」でも、どこか懐かしい「家カレー」でもありません。肉と野菜の旨みが凝縮した、複雑でコク深い味わいのカレーです。

HPもなく看板も広告も一切出していませんが、3か月待ちの人気です。

女性客:
「味見で一度いただいて、それがちょっと病みつきになっちゃって。家で作る感じとはまた違う、お店の感じと家庭の感じが両方混ざり合った感じですね」

皆をとりこにするカレーを作っているのは、57歳、福井英史(ひでふみ)さんです。

福井さんの朝は仕入れから始まります。

フクイのカレー・福井英史さん:
「いつも野菜を仕入れている『パンとカフェ 公園通り』って店があるんですけど、そこに野菜の仕入れに」

カレーに使う野菜は週に一度、近所のカフェの直売所で買っています。

この日は大根などを購入。決して、高級食材を使っているわけではありません。この日は大根を仕入れましたが、この前はキャベツを仕入れたといいます。カレーの味は変わらないのでしょうか。

福井さん:
「変わります。うちのお客さんは、そういうのを理解してくれているので。同じカレー頼んでいつも味が違うって、笑いながら注文くれますね」

■長時間鍋につきっきり…こだわりのカレー作り

 愛知県豊橋市の静かな住宅街にある一軒家が、福井さんの自宅兼、調理場です。店舗は構えず、看板もありません。

調理の様子を見せてもらいました。野菜は、わずかに変色した部分まで丁寧に取り除きます。

福井さん:
「関係ないかもしれないですけどね、なんか気になるので」

タマネギはあめ色になるまで炒めて、甘みを最大限に引き出します。弱火でじっくり2時間。その間は鍋の前から離れません。

福井さん:
「最初の1時間は考えごとがあるんですよ。この状態になってきたら無いですよね。もう考えることないですもん」

大量にあったタマネギが、2時間後にはわずかに…。

そこに合わせるのは、トマトピューレ、そして地元・三河の味噌。

弱火で1時間ほど加熱すると、少しずつ野菜の甘みと味噌の旨みが凝縮されていきます。

さらに、豚バラ肉を1時間ほど煮込んだら…。

朝仕入れた大根を鍋の中へ。

そこへ、七味唐辛子や20種類以上のスパイス、先ほど炒めたタマネギを混ぜ合わせ加熱します。

ここでも福井さんは3時間、鍋につきっきりです。

福井さん:
「なんか嫌じゃないですか、別の部屋行ってテレビ見ていたとかやってたら。お客さんの立場からして、そういうのって」

■亡くなったトレーナーの写真を厨房に飾り…原点はプロボクサーとして活躍した過去

 穏やかな福井さんですが、実は「元プロボクサー」です。ボクシングにかけた情熱を、引退後はカレーに注いできました。

見られてなくても自分を律する。福井さんの厨房には、1枚の写真が飾られています。

福井さん:
「この方(左側)はトレーナー、亡くなってしまったので。頑張ってますよって。初心に帰るじゃないですけど、気が引き締まるというか…」

具志堅用高さんの試合に感動した福井さんは、ボクサーへの道を目指して17歳の時にボクシングジムへ。高校卒業と同時に上京し、19歳でプロボクサーになりました。

豊富なスタミナを武器に活躍しましたが、11戦5勝。25歳でプロ引退を決意します。

福井さん:
「今になって考えてみると、ボクシングできるだけで恵まれてたなって、今はそれをすごい思うので。ボクシングジムもただで入れないので。もう本当に、ボクシングできただけでも恵まれてたなって」

その後、ふるさとの豊橋に戻り、35歳から20年以上カレーと向き合ってきました。

福井さん:
「きっかけは、引退してから働いたレストランで、『新しくカレーをはじめよう』っていう時にカレーを作って、それが思ったより評判良かったから」

福井さんは今でも週に一度、近所の道場でボクシングを教えています。

福井さん:
「やり切ったのか、どうですかね。やり切ったのかもしれないし、悔いが残っているから今も関わっているのかもしれないし。(今は)カレーが本業なんで、ボクシングは週に1回教える感じで、カレー1本でがんばってます」

■謙虚に作り続ける絶品カレー 手書きのお礼状も同封

 カレー作りが佳境を迎えると、福井さんは「黒い液体」を鍋の中へ入れました。

福井さん:
「これは、豊橋の『永井海苔』を使ったカレールー。もともと、うちのお客さんだったんですよね、永井さん」

そして隠し味に、今度はパレスチナ産の「ザアタル」というスパイスを入れて味を調えます。

福井さん:
「販売している方が、もともとお客さんだったんですけど。地震があった時に、東日本大震災で、電話通じないじゃないですか。ちょっとお見舞いのはがきを出したら、それですごく仲良く…。僕もボランティア行ったり。それで仲良くなって」

福井さんのカレーは、「仕入れる野菜」だけではなく「人との出会い」によっても味を変えてきました。

福井さん:
「前も知り合いの人が、誰かに紹介するときに『すごいんだよ、フクイさんのカレーは同じカレーを頼んでも来るたびに味が変わるんだから』って。いい感じですね、今日は。いい感じです。完成です」

野菜と肉の旨みが凝縮した濃厚な味わい。「フクイのカレー(ポーク)」(2食分1160円)が完成しました。

そしてカレーに同封する礼状を手書きします。そこにはお礼の言葉とともに、カレーの作り方が丁寧に綴られていました。

新聞の折り込みチラシで包まれた、無骨なカレー。

「映える」見た目では決してありませんが、唯一無二の味が評価され、今や3か月待ちの人気に。それでも、福井さんの謙虚な姿勢は変わりません。

福井さん:
「作った瞬間に『あぁすればよかった』『こうすればよかった』って思いますね。毎回思いますね。おいしいって言ってくれるとホッとしますよね。あぁ大丈夫かって…。『カレーが食べたい』って(思っても3か月待ちで)ない。レトルト買ってもいいわけだし、カレーちょっと作ってもいいのに、ちゃんと待ってくれるって本当すごくうれしいなっていうか。本当ありがたいなって思っています」

2023年4月26日放送