名門大学を卒業後、東京の大手広告代理店に勤めていたキャリアウーマンが、ある日、全てを捨てて第二の人生に選んだのは「海女」だ。いまは三重県鳥羽市で、一人前の海女を目指している。

■銀座の広告代理店を辞めて「一人前の海女」目指す39歳

 三重県鳥羽市石鏡町(いじかちょう)は、古くから海女漁が盛んな「海女のまち」だ。

【動画で見る】東京の大手広告代理店から鳥羽の海へ…第二の人生に『海女』を選んだ39歳女性 大胆な転身を決意したワケ

上田茉利子(まりこ 39)さんも、海女の一人。

上田茉利子さん:
「アワビです」

平均年齢が65歳といわれる海女の世界では、まだまだ若い上田さんだが、もともとは東京の大手広告代理店に勤めるキャリアウーマンだった。

上田さんは千葉県船橋市で生まれ育ち、早稲田大学を卒業後、東京の銀座にある広告代理店に就職した。

忙しい仕事の合間を縫って始めたのが、趣味のシュノーケリングだ。

仕事もプライベートも充実した日々を過ごしていた上田さんだったが、ある時期から心境に変化が現れたという。

上田さん:
「30半ばって、このままでいいのかなと思い始めるようなところもある年頃だと思うんですけど、好きな事と仕事と両立できたらそれが一番ハッピーかなと思って。だったら海女かなと思いまして」

好きなことを仕事にしたい。海に携れる仕事を探し、興味を持ったのが海女だった。海女漁が盛んな石鏡町のことを知り、34歳だった5年前の2018年、東京での生活から離れて移住した。

そして2年前の2021年から、本格的に海女としてのキャリアをスタートした。

■73歳の先輩はムカデに噛まれてもすぐに漁へ 覚悟が必要な「海女として生きる」

 漁の合間の、仲間とのランチタイム。

上田さん:
「波酔いすごいしますよね…」

里中由起美さん(海女歴2カ月):
「(波に)揺られとるとやろ、私もゲーゲーするもん。ずっと乗りっぱなしだと酔う」

自然相手の海女漁はまさに体力勝負…と、その時だった。

河村とらこさん:
「ムカデ入っとったぞ、痛い。靴下に入っとったぞ。足が腫れてくるぞ。大きなムカデやったのお」

73歳の河村とらこさん。気付かずにムカデが入った靴下をはいてしまい、足を噛まれた。

河村さん:
「この中(靴下)に入っとった。ヒリヒリしとる」

そう言いながらも、河村さんはまた漁に向かった。

河村さん:
「死なへんやろ」

食べていくためには、甘えは許されない海女の世界。先輩海女の凄まじさを見せつけられた。

■「上手くなりたい」…同じ条件で倍以上のアワビを獲る先輩海女との差

 取材した5月の時期、海女たちが狙うのが高級食材のアワビだ。

上田さん:
「(右手)黒アワビです、こっち(左手)が赤アワビ」

海女漁に挑戦したころは、ほとんど水揚げできなかった上田さんも、このころには週5日、1日延べ3時間は海の中で獲物を狙う。

獲ったアワビを持って漁港へ向かう。

職員:
「はい、上田さん。2.04キロ」

職員:
「1.06キロ」

この日、上田さんが獲ったのは約3キロで約3万円。まずまずな結果と喜んだが、先輩海女が獲ってきた量に驚かされた。

海女仲間の女性:
「いや、何コレ」

上田さん:
「トップだ…」

職員:
「6.74キロ」

上田さん:
「すごいね、おばあさんにかなう気がしない」

先輩海女たちは、上田さんの倍以上の数の獲物を獲る。同じ条件で海に潜っても、実力の差がはっきりと出る。

上田さん:
「すごい、いいな、上手くなりたいな。もうちょっと頑張らないとと思って」

■「一度きりの人生、好きなことをとことん」…上田さんを動かしたのは若くして亡くした母の言葉

 上田さんは家賃約1万円の空き家を借りて暮らしている。都内のマンションに住んでいた頃に比べると、信じられない格安物件だ。

上田さん:
「今日は、獲ってきたウニとアワビを刺身にしようかなと。こういうやつって海でかじると一番私は美味しくて好きなんですけど。海水だけで、それが確かに一番美味しいなと。それが、海女をやっていて良かったなってところかも。役得かもしれない」

収入は大卒の初任給の平均程度と、OL時代の約半分に減ったが、自給自足で食材を調達することで最低限の生活はできているという。

上田さん:
「塩加減がいいというのが、石鏡町のアワビの自慢。いただきます。うん、やっぱり美味しい。ビール買っておけばよかったなぁ」

東京から一人石鏡町にきた上田さんが、海女になったもう一つのきっかけがあった。29年前、上田さんが小学5年の夏に38歳で亡くなった母だ。

上田さん:
「(母親が)38歳で亡くなったというのもあって、歳が近くなってきた。だから人生もしかしたら何かあったら、好きなことやらないと後悔するなというのと、やって失敗しても修正はいくらでもできるから、どんどん好きなことをやれという親だったので」

母の死をきっかけに感じた、命のはかなさ。

「一度きりの人生、失敗を恐れずやりたいことはとことんやれ」。母が残したその言葉が、彼女の原動力になっていた。

■石鏡の最高齢海女も期待 上田さん「上手な海女さんになりたい」

 85歳の城山とらさん。

城山とらさん:
「この人らは来てくれたんで嬉しかった。人が増えてな」

海女歴70年の大ベテランで、石鏡町の最高齢の海女だ。

上田さんも、悩んだ時にはアドバイスを求めている。

上田さん:
「色々教えてもらっています。なかなかね、難しいけどね。毎日、悔しいとか思いながらね」

城山さん:
「覚えるのが早い。若いでな、この人ら。目も良いしな。体もな、少々太ったらな。もう私が教えることはない」

高齢化の影響もあり、この50年で6分の1にまで減った石鏡町の海女。大ベテランの城山さんも、上田さんに期待を寄せている。

城山さん:
「石鏡の人と結婚して…」

上田さん:
「(いい人)いる?なんかいる?(笑)」

城山さん:
「一緒に船作って、潜りに行ったらいい」

好きなことを仕事に。高収入だった広告代理店でのキャリアを捨て、東京から三重県の漁師町に引っ越してきた上田さんは、一人前の海女を目指し、今日も海に潜る。

上田さん:
「これからますます少子高齢化になって、海女やる人も少なくなると思う。探しても探してもアワビが見つからない時は、本当に心が折れそうになってしまうけど、悔しさがあるから『次、ああしようこうしよう』って改善していけると思うので。今が伸びる時だと思って、とにかく上手な海女さんになりたいなと思っています」

2023年5月23日放送