海で“魚の住処”となった車両も…かつて名古屋の街を走った路面電車『市電』廃止から半世紀の今も残る痕跡


 かつて名古屋の街を走り、多くの市民に親しまれた路面電車「市電」。廃止から50年以上がたった今、その痕跡はどこに残っているのでしょうか。市電の“その後”を追いました。

■日進市で保存される市電

 まずは、愛知県日進市の「レトロでんしゃ館」へ。館内には往時の市電車両が展示されています。

レトロでんしゃ館の土田豊館長:
「ピーク時には400両を超える車両が走り、路線距離は100キロを超えていました」

最盛期の1950年代には、1日およそ60万人が利用したという名古屋市電。それほど多くの利用客がいたにもかかわらず、なぜ姿を消したのでしょうか。

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土田館長:
「一番の理由はマイカーの普及です。路面電車ですので、道路が混雑すると遅れが生じます」

昭和32年に名古屋駅―栄町間で地下鉄が開業し、市バスも路線網を拡大。さらに市電は、バスや自動車に比べて速度が遅く、交通渋滞の一因にもなっていたといいます。

土田館長:
「乗客の減少とともに経営も悪化し、昭和49年3月に全線廃止となりました」

車社会の到来とともに、市電はその役割を終えました。

■金山に残るレールと市電の記憶

 では、400両を超えた車両は、その後どうなったのでしょうか。

土田館長によると、一部の車両は今も路面電車が走る豊橋市のほか、岡山県や愛媛県などへ車両の一部が譲渡された記録が残っているといいます。

続いて訪れたのは、熱田区金山の沢上跨線橋。名古屋の鉄道史を研究する団体の理事・服部重敬さんが案内してくれました。

服部さん:
「これは市電時代の架線柱の名残です」

市電に電気を送るための架線柱が、今も残されていました。他の場所はすべて撤去されたそうですが、なぜかここだけは残り、つい最近まで街灯として使われていたといいます。

さらに、そのすぐ近くにはこんなものも。

服部さん:
「これは道路舗装に使われていた御影石です。そして、こちらがレールです」

縁石沿いのカーブには、今もレールが残されていました。

金山は最後まで市電が走っていた場所。運行最終日には「さよなら式」が開かれ、多くの人に惜しまれながら、およそ80年にわたる歴史に幕を下ろしました。

■海に沈んだ名古屋市電

 さらに市電の“その後”を調べていくと、名古屋市のYouTubeチャンネルに興味深い記録が残されていました。

役目を終えた市電車両が、人工魚礁として海底に沈められていたのです。約50年前の映像には、クレーンで車両を海へ沈めていく様子が映っています。

さらに東海テレビのアーカイブには、その1年後の映像も残されていました。車体はすでに傷みが進んでいましたが、その周囲には多くの魚が集まっています。

当時を知る赤羽根漁港の漁師:
「市電を沈めた漁礁は、自分にとって中心的な漁場でした。魚は鉄分に引き寄せられる習性があるみたいです」

およそ80両の市電車両が人工魚礁として海に沈められ、魚たちの住みかとなりました。

街を走り、人々を運んだ名古屋市電。役目を終えたあとも、海の中で新たな使命を担っていたのです。

2026年6月8日放送

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