“3度目の正直”なるか…名古屋のソウルフード「スガキヤ」関東進出1号店オープンに密着

東海地方で愛され続けるラーメンチェーン「スガキヤ」。実は過去2度、関東進出に挑みながら撤退していました。 創業80年を迎え、決断したのは“3度目の挑戦”。 勝負をかけた“関東1号店”オープンの舞台裏に密着しました。
■過去に2度の撤退…3度目の関東進出
1946年に名古屋市で創業し、東海地方を中心に260店舗を展開するスガキヤ。実は過去に2度関東に進出しましたが、いずれも撤退を余儀なくされていました。
1973年の1度目の進出では、しょうゆラーメンを提供するなどして50店舗まで拡大しましたが、品質を安定させることができず、26年後に撤退しました。
【動画で見る】過去に品質管理や物流コストで撤退…名古屋のソウルフード『スガキヤ』が狙う“関東進出3度目の正直” 1号店オープンの裏側

スガキコシステムズ 水野彩哉さん:
「名古屋から離れていたので、従業員の教育っていう面でちょっとうまくいかなくて、品質が安定しませんでした。しょうゆラーメンを当時は出していました。関東の方に受けがいいだろうと出していたんですけど、これがうまく受け入れられず」
さらに2004年には、名古屋めしを押し出して再進出しましたが、店舗を拡大できず、2年で撤退。3度目となる今回、2度の苦い経験は生かされているのでしょうか。
過去2回の進出では、関東全域に食材を配送したため、物流コストが高く、収益を思うように上げられませんでした。今回は近い地域へ集中的に出店する「ドミナント戦略」で物流費を抑える狙いです。

また、スガキヤはセントラルキッチンではなく、店舗ごとに出汁をとるのがこだわりです。経験の浅い従業員でも正しいスープが作れるように、10年もの期間をかけて、新たなスープマシンを開発しました。

水野さん:
「今回は名古屋めしとか一切販売せずに、スガキヤ王道のままのメニューでいきます。しっかりお客さまに『来てよかった』と思ってもらえるお店を、関東エリアにつくっていきたいと思います」
■オープン前日にハプニングも…初日から大行列
神奈川県横浜市の「カエデウォーク長津田」に出店する“関東1号店”。
水野さん:
「過去の新店で最高売り上げを出すというのを目標にしているので、しっかり目標達成できたら。順調に進んできたので、ちゃんと準備した状態でお客さまを迎えられるかなと思います」
近くに他の店舗がないため、食材を通常の1.5倍用意するなど不測の事態にも備えていた水野さん。しかしオープン前日、計量カップが行方不明になったり、新品の調理器具が破損するなど…思わぬハプニングが続出。目標にしていたオープン初日の過去最高の売上高を達成できるのでしょうか。

迎えたオープン当日、午前10時の開店直前には約200人の大行列となりました。

最初に来た客:
「朝7時半に到着しています。もともと名古屋出身で、スガキヤで体ができているくらい。近場で毎週食べられるようになるのはうれしいです」
想定より多くの客が並んだため、予定を17分早めて開店しました。久々に食べるふるさとの味に、思い出話も膨らみます。

最初に来た客:
「名古屋です。これがやっぱりスガキヤです」
客:
「メンマラーメンにメンマトッピングしました。いつも通りです。関東で食べられていることにびっくりしていて、もう『実家かな?』みたいな」
客:
「20年ぶりです! 俺の時は270円だったからね。呼び出しベルなかった頃も行っていたけど、すごい、めちゃくちゃ。大混乱」
スガキヤ初体験の人は…。
客:
「あんまり食べたことがないなって。魚介の味もちょっとするかな。唯一無二じゃないですか?ラーメンフォーク出してくるの。結局、箸で食べちゃうんですけどね」
午前11時半ごろには約300人が並び、2時間待ちの行列に。多くの人が訪れ、オープン初日は大盛況となりました。

水野さん:
「たぶん過去最高売り上げかなと思います。まずは本当に多くのお客さんに来ていただけて、本当に良かったです。『また来たい』と思える営業をここでしっかり続けていくのと、関東の方々にも名古屋と同じように、なくてはならないような存在になっていけたらなと思います」
■唯一無二「ラーメンフォーク」誕生秘話
関東進出初日に大成功を収めたスガキヤのルーツは、1946年に名古屋・栄に開いた甘味処です。戦後の食糧不足の時代に、甘いもので地域の人に喜んでもらいたいという思いから始まりました。
その2年後、昼にも利用してもらえるようラーメンを加え、創業者の名字“菅木”と縁起を担いで「寿がきや」が誕生しました。

当時はとんこつラーメンが流行っていたそうで、毎日食べても飽きない味を目指し、味噌汁の出汁からヒントを得て、魚介出汁を使ったWスープになったそうです。
スガキヤを象徴するラーメンフォークは、オイルショックをきっかけに、大量に捨てられる割り箸を減らそうと開発されました。

その後、1度形を改良して現在のデザインとなり、その世界に一つだけのデザイン性が評価され、2008年にはニューヨーク近代美術館で販売されたこともあります。
■目標は全国1000店舗、さらに海外へ
創業80年の節目に、関東への出店を決断したスガキヤ。その“1号店”に長津田を選んだのはなぜでしょうか?
営業部長 後藤貴至さん:
「横浜ではありながら、住宅に囲まれているショッピングセンターで、我々はもともとフードコートで長年勝負してきましたので、自分たちの強みの戦い方ができるというところで選ばせていただきました」
さらに、今後は関東だけでなく、海外への展開も考えているといいます。

後藤さん:
「将来的には全国で1000店舗のチェーンにしたいという思いもありますので、関東進出がその第一歩と考えています。(1000店舗は)20年くらい、現在の社長の代で達成したいと思っています」

