愛知県西尾市の佐久島の駐在所に、島でたった1人の警察官がいます。新型コロナの影響で安否確認のために家を訪問する「巡回連絡」が中止になるなど、島民との付き合いが薄れましたが、島民とのふれあいが何よりも島の安全につながると、外に出て1人1人に声をかけ続けています。

■地域の絆を大切に…島の安全を守る島でたった一人の警察官

 三河湾に浮かぶ、周囲わずか11キロの佐久島。島民212人が暮らすのどかな島の中央に「西尾警察署 佐久島駐在所」はあります。ここに、島でたった1人の警察官・稲葉豊巡査部長(58)がいます。

【画像20枚で見る】誰かが困ったら仕事…島でたった1人の警察官 悔やむ10年で唯一の死亡事故

稲葉さん:
「こんにちは。なんか心配だったら電話してね」

島民の女性:
「ようまわってくれる。親切な人だ」

 この駐在所に赴任して10年目の稲葉さんは、島民に声をかけ続けています。

 午前7時30分。稲葉さんは赴任した始業式の日から毎日、小学生の登校を見守っています。

小学生:
「稲葉さんは、車来るとか教えてくれる。優しくていい人」

 その足で、島内のパトロールに。島民を見かけると足を止め、コロナ禍に相次ぐ「詐欺」を警戒します。

稲葉さん:
「大丈夫だった?」

島民の女性:
「品物が昨日きてね、お金は明日送る」

稲葉さん:
「頼んだやつだったの?」

島民の女性:
「頼んだやつ。みんなが『詐欺だ詐欺だ』っていうもんで」

稲葉さん:
「なんだそうか。こずえさんから電話かかってきたもん。『一回話きいてきてあげて』って。じゃあ解決だね」

 他の島民から「詐欺では」と連絡を受け、本人に確認。自ら注文した商品とわかり、ひと安心です。続いて港に向かうと、車がエンストして困っている女性が…。すると稲葉さん、近くを通りがかった島民を呼びます。

稲葉さん:
「バッテリーがあがっちゃっとるもんで、つないでほしいんだわ」

 作業を終えると、無事エンジンがかかりました。稲葉さんはいつも、島民の様々なトラブルの対応にあたっています。

■4時間で約30人に声がけ…会話をすることで島民の状況を確認

 今度は、高齢者が多く住む地域へ。佐久島の島民のおよそ半分が65歳以上で、1人暮らしのお年寄りの家を中心に島を周ります。

島民の男性(85):
「久しぶりやね」

 85歳の男性は、11年前に奥さんを亡くし、デイサービスに通っています。かつては12~13人いたデイサービスの利用者も、現在は4人にまで減ったといいます。

稲葉さん:
「だんだん寂しくなってくね」

島民の男性:
「寂しくなってくる」

コロナもあり、顔を見せなくなったお年寄りも増え、“ご近所付き合い”が減りました。

島民の男性:
「1人暮らしの一番いかんことは、こもっちゃうこと。だから、しゃべるってことは良いよね。(駐在さんで)初めてやからね。家に来て、あがってくれていろんな話するなんて」

稲葉さん:
「コロナの前までは、こうやって寄って話をしていたんで、寂しい人もいると思うんですよ。その分、積極的に外に出て、外で会った時に色々やっていました」

 外に出て4時間で約30人に声をかけました。日頃からこうして会話することで、様子を確認するとともに、ちょっとした悩みでも相談してもらえる関係を大切にしています。

■1人1人と向き合いたいと駐在所勤務を志願…島民の声に耳を傾けながら町を守る

 名古屋市出身の稲葉さんは、高校卒業後に警察官になり、地域課に配属。49歳の時に、1人1人と向き合いたいと駐在所勤務を志願しました。

稲葉さん:
「駐在所でやってきて、『俺が警察だ』って頑張っても、結局その町は守れない。本当にみんなの困っとることが聞こえてくるようにするには、外に出てみんなの声を直接聞いてこなきゃ」

 昼食後に稲葉さんは、再び外へ。向かった先は、観光事業の一環で飼育している佐久島のアイドル・ヤギのノンとビリー。よく脱走するそうで、食事で手懐けるのも稲葉さんの仕事です。

稲葉さん:
「ヤギが脱走して、110番が入るんで…。(脱走の)前科15犯くらい。警察官1人しかいないんで、1人でヤギを上手に捕まえるには、なつかせるしかない。たぶん今、島で一番仲良しです」

■何よりも“島民の命第一”と考えるように…きっかけは80代の男性の海への転落死

 意外な仕事は他にも…。

稲葉さん:
「ハチのわなですね。今年は(わな)22本、108匹。オオスズメバチだと思われる大きなハチをとりました」

 夏から秋にかけて大量発生するスズメバチ。大好物の焼酎、酢、砂糖を入れたペットボトルを木に取り付け、繁殖する女王バチを駆除しています。

稲葉さん:
「私が来る前に島の方がハチに刺されて、ドクターヘリで搬送したけど亡くなった…。島の人はハチにすごく敏感で」

 稲葉さんが「島民の命第一」と思うのには、ある事故が関係しています。

稲葉さん:
「ここでオートバイが倒れとった。この溝にタイヤをとられて、転んで海に落ちちゃった」

 2021年7月、島民の80代の男性が海に転落し、命を落としました。

稲葉さん:
「そのオートバイ、後輪の空気がほとんどなくて…。気が付かなかったことに罪は感じますよね」

 赴任して10年、唯一の死亡事故です。

■「何でもない日常が続くように」…365日警戒態勢で島の安全を守る

 午後4時30分。児童の下校を見送り、業務は終了ですが、島で唯一の警察官である稲葉さんは365日警戒態勢です。

稲葉さん:
「オンとオフない。誰かが困ったら、そこからがスタート。(連絡が)入った瞬間にオン態勢で、警察官になっていくしかない」

 夕食後に再び外へ。小学校の体育館では島民が集うスポーツクラブが再開し、稲葉さんは島民と一緒に汗を流します。

稲葉さん:
「きのう何があったのとか、みんなここで教えてもらえる。渡船の船長さんいるから、渡船のことやなんかも全部教えてもらえるし」

島民の女性:
「頼めばすぐ動いてくださるので…」

別の島民の女性:
「困りごとやなんかで、タタタタって(動いて)。助かります」

稲葉さん:
「困ったことを解消しにいくのは警察の仕事。今日と同じ明日が迎えられる。何でもない日常が続くように、頑張っていきたい」

 コロナ禍こそ外に出て、地域の絆を大切に…。稲葉さんは今日も島を周ります。