名古屋に、他の地域で見られない独自の“油揚げ”があります。味噌汁やうどんなどに入れる一般的な油揚げに比べて、サイズが小さいこの油揚げが、なぜ名古屋で生まれたのかを調べると、いなり寿司を簡単にたくさん作るために誕生したのではないかということがわかりました。

■年配の人にはお馴染みのスタイル…名古屋独特の小さな油揚げ「小揚げ」

 名古屋独自の油揚げについて、街で聞きました。

男性:
「知らないです」

女性:
「わからないです」

知らないという声が多い中…。

別の女性:
「ちょっと細長いんじゃない?」

また別の女性:
「四角い。分厚いイメージ」

“細長いのでは”という声や、“四角い”、“他より分厚い”などの声もありました。

【画像20枚で見る】100年以上前にルーツか…名古屋独自の“小さな油揚げ”誕生のナゾ

 一体、名古屋独特の油揚げとはどの様な形のものなのか、名古屋市守山区の豆腐店、「川原」を訪ねました。

川原の社長:
「“小揚げ”のことですかね?昔からこの地域だけと聞いています。1枚(の油揚げ)が5枚入っている。“名古屋あげ”という商品名」

名古屋独特の油揚げという“小揚げ”は、“小”と付くように一般的な油揚げの半分ほどの大きさ。この豆腐店では「名古屋あげ」という商品名で販売されていました。売れ行きについても聞きました。

同・社長:
「だんだんニーズが減っていまして…。年配の方で、『これじゃないとダメ』という方はまだみえる」

サイズが小さい理由やこの商品が生まれた経緯はわかりませんでしたが、少なくとも50年以上の歴史があるようです。街の皆さんに小揚げを見せると…。

女性:
「(見たことが)あります。それ(名古屋独自とは)は、知なかった」

別の女性:
「よく使う。名古屋独自なんですか?知らなかった」

油揚げといったらコレという人も。年配の人にはお馴染みのスタイルのようです。

■“小揚げ”の文化は尾張地方だけか…三河地方のいなり寿司は正方形の油揚げで作る

 他の地域には、小揚げはないのか。名古屋城に観光に来た人たちに聞いてみると…。

大阪から来た観光客:
「(見たこと)ないです」

神奈川から来た観光客:
「何に使うかすら、わからない」

20人以上の観光客に聞きましたが、知っている人は誰もいませんでした。

 一体なぜこの地域にだけ、小さな油揚げが存在するのでしょうか。油揚げといえば「おいなりさん」ということで、500年以上の歴史を持つ愛知県豊川市の「豊川稲荷」で話を聞きます。

豊川稲荷の男性:
「普通の油揚げを奉納されているのはよく見るが、これ(小揚げ)を見たことない」

今度は豊川稲荷の目の前にある、昔から続くいなり寿司店「松屋」に伺いました。

松屋の女性:
「(小揚げは)うちで使っている油揚げの半分サイズ。三河地方では、こういった油揚げでいなり寿司の製作はしない。地方によっていなり寿司の形が違い、その中の一つとして使われていたのかも…」

三河地方でいなり寿司を作る時に使う油揚げは正方形タイプで、小揚げは使わないといいます。小揚げは名古屋を中心とした尾張の狭いエリアだけで使われているようです。

■いなり寿司専用として誕生か…昔は“すし揚げ”と呼ばれていた小さな油揚げ

 名古屋独自の油揚げが生まれた経緯を調べるために、名古屋めし研究家のswindさんの元へ。しかし、swindさんも、小揚げについてほとんど情報がないといいます。

Swindさん:
「資料やネットで探しても全然出てこなくて…。相当古いものということぐらいしか出てこない。庶民的なものですので、資料として残りにくかったのでは」

 今度は、名古屋を代表する大正3年創業の豆腐店、東区の「くすむら」へ。小揚げの歴史について5代目の男性に伺います。

くすむらの5代目:
「うちは創業108年になりますけど、当時からこの揚げはあったと聞いております。元々このサイズは“すし揚げ”という名前ですから」

5代目によると、小揚げは「すし揚げ」という名前で、いなり寿司を作るための専用の油揚げだったことがわかりました。では、なぜこのサイズになったのでしょうか。

同・5代目:
「形を見てもらうとわかるんですけど、切って中にご飯を詰めてしまえば、簡単に(いなり寿司が)できる。たくさん作るためには、少しでも手間を省いたほうが早くできる」

小さいサイズにしたのには、先代の知恵があったのかもしれません。

■カミソリで切り込みを入れ…いなり寿司が素早く簡単に握れる“小揚げ”

 小揚げを使えば、本当にいなり寿司が簡単に作れるのか。小揚げでいなり寿司を作っているという名古屋市中村区の「やよい寿司本店」に作ってもらいました。

 まずは、小揚げにカミソリを使って切りこみを入れます。そのいなり寿司の口にどんどんご飯を詰めていけば、あっという間にたくさんのいなり寿司が完成しました。

店主によると、小揚げで作るほうがご飯をしっかり包み込めるため、いなり寿司には小揚げ以外は考えられないと話します。

 サイズが小さい油揚げについて調べると、小揚げは名古屋独自のもので、歴史は少なくとも100年以上あり、いなり寿司を作る目的で誕生したのではないかということがわかりました。

■なぜ名古屋にいなり寿司専用油揚げが誕生したのか…いなり寿司“名古屋発祥”説

 なぜ名古屋で、いなり寿司のための独自のサイズの油揚げが誕生したのか。そこには、いなり寿司が“名古屋発祥”という説が関係しているのかもしれません。

 着物の流行や人気の芝居など庶民の文化をまとめた江戸時代の百科事典「守貞漫稿(もりさだまんこう)」の中に、いなり寿司の発祥に関して「尾張、名古屋あたりでいなり寿司が生まれ、天保(1830~1844)頃に江戸で流行ったといわれている」との記述があります。

あくまでも“説”ではありますが、いなり寿司が名古屋で誕生したため、名古屋独自の油揚げが生まれたのかもしれません。