愛知県瀬戸市に、ユニークな形の陶芸作品を製作する職人がいます。どこかで見たことがあるような、懐かしさを感じさせる独創的な作品を生み出すのは、世界的コンクールでも入賞経験がある32歳の陶作家の手仕事です。

■どこかで見たことがあるような懐かしさ…独創的な作品を生み出す陶作家の男性

 カラフルでユニークなフォルム。でも、どこか見たことがあるような、親しみや懐かしさを感じさせる陶芸作品が、今注目されています。

【画像20枚で見る】世界が認めた独創的な陶芸作品 新進気鋭の陶作家が“忘れかけた記憶”を呼び覚ます

この作品を作るのは、愛知県瀬戸市を拠点に創作活動をする新進気鋭の陶作家(とうさっか)・酒井智也さん(32)です。

酒井さん:
「子供の頃に見たアニメのワンシーンだったり、風景、映画の壮大なイメージを大切にしながら。自分が生きてきた全てが手を通してモノに宿っていく、自分が生きてきた証になるような作品になれば…」

ロクロを使って成形された様々なパーツを組み合わせ、唯一無二の作品を世に送り出す。その独創的な作品を生み出すのは、酒井さんの手仕事です。

■無意識に眠る記憶を呼び覚ます…タイトルだけでは何かわからない作品

 焼き物の町・愛知県瀬戸市に、酒井さんの自宅兼工房はあります。

ここ数年、酒井さんが手掛けているのが、「ReCollection series(リコレクション シリーズ)」。無意識に眠る記憶を呼び覚ますことをテーマにした作品で、それぞれのタイトルはユニークです。

酒井さん:
「これは『さま』。こちらは『まにょにょ』。作品の作り方がパーツを組み合わせているので、パーツ毎にタイトルを直感的に決めて、その一部をくっつけています。『さま』は単純で、『さんかく』と『まる』で『さま』」

「まる」と「にょき」と名付けたパーツを組み合わせた作品は、「まにょにょ」。「みみ」と「もこもこ」と「とげ」を合わせたのは、「みもと」。変わったタイトルを付けているのには、理由があります。

酒井さん:
「タイトルは良くも悪くも大事。具体的な名前にすると、それに作品が引っ張られる。色んな想像をしてほしいので、邪魔にならないように。タイトルでは何かわからないように…」

どことなく見た事があるような形から、過ぎ去った日の記憶を呼び覚ましてほしい。そんな思いを込めて、「リコレクション シリーズ」を製作しています。

■無意識に眠る何かを炙り出す…指先の神経を研ぎ澄まして見たことがあるようでない何かを作る

「リコレクション シリーズ」の製作は、まずは粘土の準備から。粘土は、きめが細かくロクロが回しやすい、多治見市高田で採れる粘土を使います。“菊練り(きくねり)”という練り方で、粘土を回転させながら中の気泡を取り除きます。

十分に練り上げた後に、ロクロでパーツを作っていきます。設計図は無く、手の平から指先まで神経を研ぎ澄まし、その時の感情のままに粘土にフォルムを与えます。

酒井さん:
「ロクロはスピード感があって、一瞬の集中力でモノを作り上げるのが大事。考えすぎずに身体的なものが作品にダイレクトに入り込むのが、自分の中の無意識に眠る何かを炙り出す」

「ロクロと向き合う事は、まるで瞑想をしているような感覚」と酒井さん。パーツは、20センチほどの高さのものから10センチにも満たないものまで、形や大きさも様々。

酒井さん:
「何となく自分が見てきたものの影響が。あれっぽいこれっぽいと想像しながら。ただ、完全にこれを作ろうと寄せちゃうと、考える余地が少なくなってしまうので、なるべく抽象的で何にでも見えるようなものを…」

パーツ1つ1つは、アニメや映画など、酒井さんが過去に見てきた記憶の断片のようなものです。

 成形が終わったら乾燥させ、表面を削って滑らかに整えます。パーツの位置を探り接着。表面に細かな傷をつけ、ゆるく溶いた粘土でつなぎ合わせます。

酒井さん:
「自分も作っていて楽しみたいのがあって…。同じもののクオリティを上げていくことも必要ですけど、毎回作る形に意外性があると飽きない」

10年後も20年後も、自分が楽しい製作方法をと模索した結果、今の形に辿りついたといいます。

楽しみながら、意外性のある形を探っていくのに欠かせないのが、酒井さん自身が経験した過去の記憶です。

酒井さん:
「何となく飛んでいるものっぽいなとか…。あれに似すぎたから1本棒を足してイメージを離そうとか…」

姿を現したのは、“飛んでいるもの”のイメージ。接着部分を整え、一体感を出したら、「さんかく」と呼ぶパーツの上へ。取り付ける角度にもこだわります。見たことがあるようでない、不思議な造形が生まれました。これを自然乾燥させ、窯で素焼きします。

■亡くなる瞬間”やれることはやった”と後悔しないために…友人の死をきっかけに創作の道へ

 愛知県西尾市に生まれた酒井さんは、高校卒業後に大手自動車部品メーカーに就職。20歳で友人を亡くしたことが、生き方を見つめ直す転機となりました。

酒井さん:
「死ぬのが怖いなと思った時に、(自分が)亡くなる瞬間、後悔しないか…。後悔するとは思うけど、やれることはやったんじゃないかと…」

「後悔しない人生を送りたい」。そんな思いから、仕事を辞めて名古屋芸術大学へ進学。初めて触れたロクロの魅力にひかれ、青色をテーマにした創作をスタートしました。

大学卒業後は教員の道へ進みますが、創作活動への思いが抑えきれず2年で退職。多治見市陶磁器意匠研究所に入学し、ロクロでの表現を追求しました。

酒井さん:
「何で自分はこういう立体を作るのかと考えた時に、今まで見てきたものや自分の内面が入り込んでいたと気付いて…。そう考えだしてから作るモノが自分の一部という感覚がすごくあって…」

研究所を卒業後、過去の記憶を呼び覚ますことをテーマに、パーツを組み合わせる現在の手法に辿り着きました。そして2019年、国際的な展覧会「国際陶磁器展美濃」で銀賞を獲得。彼の表現が世界に認められました。

■何を想像するかは見ている私たち次第…忘れかけた記憶を呼び覚ます作品

 そんな酒井さんの作品作りは佳境に。素焼きを終え、続いては着色です。

酒井さん:
「形を1番大事にしているけど、色の影響力はすごくある。この形にこの色をのせたらこれに見えるのを、あえて外したり、近づけたりしながら、見え方をコントロールするのも面白い」

同じ色を三回塗り重ねたあと、先端を使い古されたような風合いに。三角に緑だと山に見えてしまうため、あえて青く…。ここにも、時の流れを感じるような質感を加え、乾いたら1日かけて本焼きします。

酒井さん:
「窯で焼く瞬間が、非日常的な感覚があってドキドキする。開けた瞬間の興奮が生きている実感につながる。生き物っぽさもあれば、そうじゃない感覚も。見る人によっていろんな想像ができる形態」

酒井さんの手仕事が生み出した、「リコレクション シリーズ」の「さたとと」(3万6300円)が完成。「さんかく」と「たまご」と「とげ」の三つのパーツを組み合わせました。

酒井さん:
「デザインや現代アート、色々な美術のジャンルはありますが、どんどん垣根が無くなって“いいものはいい”という時代になっていくと思う」

「陶芸の面白さを知ってもらうためにもっと色んな人に見てもらい」と話す酒井さん。忘れかけた記憶を呼び覚ます酒井さんの作品は、いつまでも見ていたくなるアートです。

酒井智也さんの作品は、5月8日まで岐阜県の多治見市文化工房ギャラリーヴォイスで開催されている「ishokenの造形 やきものの現在2022」で購入することができます。