8月22日、名古屋市北区の名古屋高速で路線バスが横転し炎上した事故では2人が死亡、7人がケガをしました。ほぼ直線の高速道路でなぜ事故が起きたのか。交通事故鑑定人が現場の状況から推察した原因とは…。

■焼けたバスの運転席にはハンドルなくシートも骨組みだけに 高速バスが横転・炎上し9人死傷

 ハンドルのない運転席、骨組みだけのシート…。

【動画で見る】社長が言う“急ハンドル”でない可能性も…9人死傷のバス炎上事故はなぜ起きたか

煤にまみれた運行表…。

行先は、愛知県豊山町の「名古屋空港」だった。

 8月22日午前10時すぎ、名古屋市北区の名古屋高速・小牧線で、中区の栄から「県営名古屋空港」に向かっていた路線バスが分離帯に衝突して横転し、炎上した。

燃え盛るバスを前に、後続を走っていたトラックの運転手が懸命に消火にあたるが、歯が立たない…。

映像を撮影した男性:
「ものすごく勇敢な方だなと。映像で見るより、熱量も炎も結構大きかったですね」

 わずか20分ほどで、火の手はバス全体に拡がった。

 黒焦げになった、大きな車体。タイヤまで焼け、客席の窓ガラスは一枚たりとも残っていない。バスの側面には、「Safe & Kind」の文字…。

 乗客6人は、窓ガラスが割れたバスの後部から逃げて一命をとりとめたが、いずれも肋骨骨折や頭部の打撲などのケガを負った。

また、運転手の大橋義彦(55)さんと、乗客とみられる2人が死亡。

バスにいったい何が起きたのか…。

■同僚らが口を揃える「真面目さ」…事故を起こした運転手の人物像

あおい交通の松浦秀則社長(会見):
「申し訳ございませんでした」

 バスを運行していた「あおい交通」は23日、記者会見し、謝罪と事故に関する説明を行った。運転手の大橋義彦さんは、前の会社で5年ほど、今の会社で約4年の運転歴があったという。

あおい交通の担当者(会見):
「バスに乗るのが好きで、『大きなバスに乗りたい』ということで前の会社から移ってきました。仕事はいたって真面目で、遅刻や無断欠勤等はなく、急なお仕事も快く引き受けてくれるような運転手でありました」

 元同僚の男性も、取材に対し大橋さんは「安全意識の高い人だった」と語った。

大橋さんの元同僚の男性:
「人一倍安全意識の高い人で、横着な運転をする人では全くない。『真面目』を絵にかいたような感じ」

大橋さんについては、皆が口を揃えて「真面目」と表現した。

■会社側は“急ハンドル”の可能性を指摘も異なる専門家の推察

 会見で会社側は、事故の現場は“危ない箇所”だと指摘。

あおい交通の担当者(会見):
「あの辺りは、運転のしづらさというよりも『危ない』箇所です。多くの車が進路変更を行うところですので、この箇所につきましては、十分に気を付けて走行しなければいけないところであることは間違いありません。私も新人ドライバーを教習するときがありますが、楠インターからジャンクションを抜けて、豊山南の出口までの間は、合流車、あるいは出ていく車が多いため、十分、他車の動向には気を付けるようにと指導しております」

 事故を起こしたバスと同じ時刻のバスは、取材した8月24日も運行。8月22日の事故とほぼ同じ時刻に、現場付近へ…。

(リポート)
「出口に向かうためでしょうか、バスは車線変更をしました」

現場はインターやジャンクションが近く、たしかに合流や分岐が相次ぐ場所だ。

あおい交通の松浦社長(会見):
「中央分離帯にぶつかったこと自体は、運転ミスなのではないかということです。急に降り口に近づいて、慌てたハンドル操作が行われたのではないかと」

 しかし、捜査関係者への取材で、後続の車のドライブレコーダーには異なる動きが映っていたことが判明。当初、2車線のうち右側の車線を走っていたが、数100メートル手前から左に膨らみ白線をはみ出すような動きをしていたという。

その後、「豊山南」の出口へ向かう車線に入ってから再び左側へ曲がり、時速60キロ前後で分離帯に衝突して横転し、炎上したとみられている。

 大きく砕けた「分離帯」…。

焼け焦げた車体をよく見ると、へこみは「運転席の前面」に「真正面から」ついていた。

このへこみから、交通事故鑑定人の熊谷宗徳さんは、社長が言う“急ハンドル”ではない可能性を指摘する。

交通事故鑑定人の熊谷宗徳さん:
「急にハンドルを切っていた場合、中央分離帯には斜めに衝突するわけですから、当然バスには斜めに衝突するような痕跡が出るはずなんです。しかしバスを見ると、真正面から真後ろにスドンとへこんでいる状況がみとめられるので、そうすると斜めの衝突は考えづらいのかなと。前のへこみから読み取れるのは、ほぼほぼハンドルを切らない状態でまっすぐ中央分離帯に突き刺さるように衝突してしまった」

何らかの原因で「右から左へ」進み正面から衝突した。

■現場にはブレーキ痕なし…急な疾患で意識を失った可能性

 さらに、熊谷さんは現場にブレーキ痕がなかったと指摘する。

熊谷さん:
「路面痕跡はすごく大事です。路面ばかりずっと見てたんですけど、ブレーキ痕らしきものが全くみとめられなかったので…」

 警察の調べでも、高速バスは現場付近で法定速度の60キロで走行していたとみられていて、これらのことから、熊谷さんは事故の原因を推測した。

熊谷さん:
「運転手さんに衝突する前に意識があれば、当然、危険を感じてよけようとするわけです。ブレーキかけるなり、ハンドル切るなりして、自分に衝突してしまうことを防ごうとするわけなんですけども、それがないということは、危険を感じることができなかったということだと思うんです。急な疾患で意識を失った可能性が出てくる」

 大橋運転手の勤務に問題はなかったのだろうか?

あおい交通の担当者(会見):
「事故当日(8月22日)は4時40分からの出勤ですので、睡眠等、休息時間については特に問題なかったものと思っております。向かい合っての点呼を行いますが、こちらにつきましても異常なし、本人からも異常なしということで、車両点検を行い朝の5時に出庫しております」

大橋さんは、事故の2日前の8月20日は休み、前日は午前5時ごろから午後2時半過ぎまでバスを運転し、帰宅した。大橋さんに持病はなく、当日の健康状態にも問題はなかったという。

 しかし…。

熊谷さん:
「50代の持病のない方で、急な疾患で例えば車を運転中に単独事故を起こして、現場に行ったら亡くなられていたという事故、結構あるんです」

愛知県警は8月23日、「あおい交通」の本社と営業所を家宅捜索。「過失運転致死傷」容疑で捜査を始めた。

 大橋運転手の元同僚の男性は、今回の事故に戸惑いを隠せない。

元同僚の男性:
「“運転手の鑑”だった、みたいな感じですね。これが悪い夢であってほしいなっていうのはあります」

 炎上で焼け落ちたハンドル…。

大橋さんは事故の直前、この運転席で何を見て、何を思ったのか…。