岐阜県恵那市の木曽川沿いの山を少し登ったところに、古民家を利用した古本屋「庭文庫」がある。店主は30代の夫婦だ。街の書店が姿を消していく中、この場所でどうやって運営し、客はどんな人たちが来るのか。

■木曽川沿いの山奥にある古本屋…時間を忘れてのんびりできる和室も

 木曽川沿いの山を少し登った場所に建つ、築100年以上の古民家。

【動画で見る】詩を持ち込む人や個展開催する人も…川沿いの山登った先の不思議な『古本屋』運営する夫婦「一緒に生きましょう」

薄暗い部屋の中には、本がびっしりと並んでいる。

岐阜県恵那市の古本屋「庭文庫(にわぶんこ)」だ。

店主は百瀬雄太(ももせ・ゆうた)さん、34歳。

百瀬さん:
「結婚して一緒にやれる仕事とかいろいろ話している中で、気づいたら山の中の古民家で古本屋をやろうということになっていまして」

 東京から地元の恵那市にUターンし、2018年に店をオープン。

妻の実希(みき)さんと2人で経営している。

百瀬さん:
「古本屋さんがこの一帯に全然なくて、個人店の。古本屋さんが好きやったから『本屋さん欲しいな』と思って、ないならつくろうかなって。全然根拠はないんですけど、まあいけるやろと」

 店内にあるのは約5000冊。

古本に加えて、最近は出版社から仕入れた“新しい本”も増やしている。

百瀬さん:
「海外の文学系とか、哲学とか、民族学とか…」

記者:
「見る人が見ればわかるんですけど、わからない人には全くわからないという…」

百瀬さん:
「そんなに売れないかもしれないけど、僕はいい本やなと思う本とか、積極的に置いたりはしていますね」

店主のこだわりが詰まった棚だ。

 その隣には和室がある。

百瀬さん:
「ここはコーヒーを飲んでもらったり、ごろごろしてもらったり…」

すぐ目の前の木曽川や山々を眺めながら、時間を忘れてのんびりと過ごすことができる。

■突然“ギターのセッション”や絵の個展も…庭文庫に集う人々

 変わっているのは立地だけではない。突然、ギターのセッションが始まった。弾いているのは、常連客だという。

常連客の男性:
「多い時には2週に1回とか、月に3回とかぐらいは来て、こうやってギターを弾いている。置いてある本が素敵な本が多いので、見せていただいて」

この男性は多治見市から通っていて、体調を崩して仕事を辞め、今は療養中の身だという。いつも土間に座ってギターを弾きながら過ごしている。

常連客の男性:
「僕が病気になってからは、ずっと人に対して閉じていることが多かったんですけど、それを開いてくれるというか、開いても大丈夫だよって言ってくれるような場所」

Q.営業中の百瀬さんはどんな感じですか?

常連客の男性:
「営業中もあんな感じです。今日も自然体で。たまにギター弾いていたら一緒に弾いてくれたりとか」

百瀬さん:
「あんまり店主らしくしないようにしようと思っていて。サービスっぽいサービスはしないようにしようと決めて店を始めて。遊びと働くこと、余暇と仕事を分けたくなくて。やんなきゃと思ってやりたくなくて」

 もう1人の店主、妻の実希さんは縁側で客と雑談していた。

こちらの女性客は、パートの帰りに店によく寄るという。

常連客の女性:
「温泉チックというか、裸の付き合いができる。人と人とが言葉の付き合いをさせていただく感じで出会えることが多くて」

 運営面も独特だ。奥の廊下では絵の個展が開催されていた。

名古屋市在住の長塚裕香(ながつか・ゆうか 23)さん。

長塚裕香さん:
「こんな感じで、今回初めての個展なんですよ。これとこれとこれ以外は全部売約済みです」

夏にこの場所を訪れて気に入り、作品の展示を申し入れたという。

長塚さん:
「展示しながら百瀬さんといろいろ話したりしていて、その中ですごく気持ちがどんどん変わってきて、画家として生きてみたいなと思って」

この個展をきっかけに、10月末で会社をやめ画家として生きていくことを決意した。

長塚さん:
「(11月以降は)アルバイト。しばらく名古屋で、一人で頑張ろうかなと思っています」

■新たな作家の発掘も…詩を書き溜めた男性の「詩集」を出版

 庭文庫と出会い、新たな一歩を踏み出した人は他にもいた。石原弦(いしはら・げん 42)さん。恵那市で養豚場を経営している。

石原さんは10代から詩を始め、豚を育てながらコツコツと書き溜めてきたという。

石原弦さん:
「これとか最近気に入っていて。『しずく』っていう詩ね」

<しずく>
いってきの しずく みずで みちている

石原さん:
「今まで書いてきた詩を、どこかのタイミングで形にしたいなという思いはあったので、そこでタイミングが合った。百瀬君に原稿を持っていって『ちょっと読んでみない?』って。そしたら気に入ってくれて」

庭文庫が立ち上げた出版部門「あさやけ出版」から2冊の詩集を出し、詩人としてデビューした。

<石の呼吸>
私の息が
石になって
そこに置かれている

時は動かない
積み重ねていく
世界と私の対話を

体の中に水があって
その中を沈んでいく一つの石がある
私の呼吸の中をどこまでも深く

石原さん:
「反響ね、感想を聞かせてくれた方もいるし、これに曲をつけて合唱曲にしてくれた方もいるし。一番身近な反響は、妻が『よくわかんないね』と言ってくれた」

百瀬さん:
「(詩を)見た瞬間に『天才来たわ』と思って。一句読んだ瞬間に、本当にウソがないなと感じたんですよ」

実希さん:
「日本全国、誰にも見出されていない宮沢賢治がいるような気がずっとしていて。有名・無名関係なく、同じ世代や子供や孫の世代にも、文や詩や思想を残せるっていうのが本のロマンだな」

「あさやけ出版」の第2弾の予定を聞いてみた。

実希さん:
「すごく大変で、本作るのって。お金のこともそうだし、売ることまで含めると、ものすごく大きな仕事で。次はいつまでに出しますという感じではなく」

百瀬さん:
「本当に出したいのだけ出したいな…」

ゆっくり“その時”を待つ。

■「心のある道を歩くことだけだ」 “意味”や“生産性”でははかれない価値

 最後に紹介してもらったのが、庭文庫がオススメする本だ。真木悠介さんの『気流の鳴る音 交響するコミューン』。

<気流の鳴る音 交響するコミューン>
わしにとっては、心のある道を歩くことだけだ。
どんな道にせよ、心のある道をな。
そういう道をわしは旅する。

メキシコ先住民の古老が語った言葉。シンプルな表現だが、あるべき生き方を説いている。

百瀬さん:
「『心のある道を歩くことだけだ』というのがポイントで、現代の日本ってこれをする意味はとか、生産性とか、有用性とか、そういうものをすごく求められるし、求めてしまうところがある気がしていて。どっかに行きつこうとせずに、瞬間・瞬間で、自分が生きている生をまるっと生きられれば…」

ある人は詩を持ち込み、ある人は絵を飾り、ある人はただそこにいる。それが百瀬さん夫婦の「庭文庫」だ。

百瀬さん:
「それぞれの自然を生やしていける場所にしたくて、そういう庭にしていきたくて。もっと自分の自然を生きたいよという人がいれば、一緒に生きましょうっていう感じですかね」

庭文庫は金・土・日・月の週4日、営業している。

2022年10月13日放送