トヨタ自動車が「カイゼン」で多様な人が働ける職場作りを目指す「トヨタ式障がい者雇用」を進めている。

 様々な「カイゼン」を取り入れたことで、障がい者だけでなく高齢者にも働きやすい環境を実現している。

■工夫あふれる社内の仕組み…障がい者雇用のために作ったトヨタの子会社

「トヨタループス」は、トヨタ自動車が2008年に障がいのある人たちに就労機会を提供する目的で設立した、特例子会社だ。従業員545人のうち、知的、精神、身体などに障がいのある人が8割を占めている。

【動画で見る】サポート業務を超え車作りまで…カイゼンで進める“トヨタ式障がい者雇用”「難しいと思わないで」

社長の有村秀一さんは、トヨタの国内営業と海外営業がミッドランドスクエアに移転した際にプロジェクトリーダーを務め、無駄を省いた“トヨタ流の引っ越し”で注目を集めた。

トヨタループスの社屋にも工夫を凝らしている。

トヨタループスの有村秀一社長:
「弱視の人には、ドアの位置がわかりにくいんですよね、われわれははっきりドアとわかるんですけど。そのためにはコントラストをはっきりつけなきゃならない。壁を白くしてなるべくドアを暗い色にする」

ドアの開放部の前はビニルタイルにしていて、歩くと足の裏の感覚で違いがわかるようになっていた。

「案内板」は、視覚障がいの人でも見やすい色のコントラストにし、読みやすいフォントだ。

「3」と「8」の数字の見分けがつきにくい人にも、わかりやすい表示にした。

さらに、車いすの人でも使いやすい「手洗い場」や。

左右どちらの麻痺にも対応できるよう手すりの配置を対照的にした「多目的トイレ」も備えられている。

トヨタループスの主な仕事は、トヨタグループ宛てに届いた郵便物の配布や、備品の清掃、パンフレットの梱包といったサポート業務だ。

もともとトヨタの各部署で行っていた仕事を切り出して行っている。

■「手が不自由な人でも」「腰痛にならないように」…活きる「トヨタ式カイゼン術」

 職場には多様な人が働けるよう、トヨタ式「カイゼン術」があちこちにあった。例えば、手が不自由な人が封筒にテープを上手に貼れなかったという経験を活かし、封筒を固定できる道具を手作りした。

工場や各部署から出る書類をシュレッダーする作業場では…。

腰をかがめ続けて腰痛にならないよう、手作りの「ならし棒」を考案した。

男性社員:
「ただ単にならすだけですので、創意工夫の一環でもあります」

さらに、人の配置も工夫している。

有村社長:
「個性というかマッチングですね。どういう人が向いているか、マッチングによって決めてきています」

体力に自信がある人は、印刷で体を使う仕事を。

覚えるのに時間がかかっても構わない。「得意なことを伸ばす」のが方針だ。

■危機から一転トヨタの本業「車造り」へ…生産ラインは障がい者が働きやすいよう「カイゼン」 創業から10年以上が経ち、東京にも事業所を構えるなど順調に障がい者雇用の「輪」を広げてきたループスだったが2020年、危機が訪れた。新型コロナでリモートワークになり、郵便物の扱いが激減した。

さらに、ペーパーレス化で印刷業務が10分の1に減るなど、会社の中心的な業務が大打撃を受けた。

そんな時、トヨタの社員から驚くような話が来た。それが、本業の車作りを一緒にやらないかというオファーだった。場所はトヨタ自動車「上郷工場」。世界に誇るエンジンの製造工場だ。

トヨタ自動車の森井卓也さん:
「昨今のダイバーシティ化を考えた時に、ここでもやれるんじゃないかと、ラインに入っていただこうと。安全に不安が無いことをモットーに、カイゼンしてやっています」

ループスの社員が働けるよう、生産ラインにトヨタの技術者たちが「カイゼン」を重ねた。

森井さん:
「操作手順が多いために覚えづらいところがあったので、ランプで次のやる作業を指示してもらう」

ランプがついた所の作業をすれば、手順を間違えずに、エンジンを組み付けられるようにした。

森井さん:
「ここの仕組みとしては、間違って取ってしまうと大変なことになりますので、白い板がカバーなっていまして、取りたくない方を防ぐ、取りたい方が開く」

取り付けていく部品を間違えないよう、取ってはいけない部品のフタが閉まる仕組みだ。

AIカメラで、ダブルチェックも行っている。

トヨタループスの男性社員:
「障がい者がエンジンを作れるんだなという気持ちになりますね。不良品とか見つけた時に、トヨタの人たちが『よく見つけてくれたね、ありがとう』と言ってくれることがうれしいです」

車いす用のラインにはロボットアームを付け、手が届かない所の作業もできるようになっている。

エンジンパーツを集めて運ぶ担当には、数字が苦手な人のために、部品の箱1つ1つに、ひらがな表示で「あ」「い」「う」「え」「お」と、順番に表示されている。ひらがなの順番に沿って部品を取り、同じの文字の場所に入れるだけで済む。

トヨタループスの男性新入社員:
「作業1つ1つが分かりやすい、覚えやすい」

この職場環境づくりは障がい者だけでなく、今後増加が見込まれる高齢者のための生産ライン構築にも役立っているという。

森井さん:
「健常者の方でも、仕事を覚えるのが遅い方もおられますけれど、こういったことで早く覚えられる、間違いなく覚えられる。このようにカイゼンしたことで、トヨタで働く高齢者の方にも、当然優しく分かりやすくなります」

■社長「障がい者雇用を難しいと思わないで」広がる“障がい者だからできる”仕事

 この“本業参加“への転機になったのが、2017年からトヨタの社員らを対象に始めた「心のバリアフリー研修」だ。

例えば、健常者が車いすで段差を通ったり、落ちたものを拾ったりして、障がい者の目線を理解する取り組みです。

トヨタ社員の女性:
「やっぱりあそこを越えるのができない。すぐはまっちゃって、自分でどうにもできない」

トヨタループスの男性社員:
「(片手で持ち上げるのは)ほぼ不可能ですよね、空箱なのに。取っ手がついている箱だとか、手を入れる穴が空いている箱だとか、ちょっとした工夫でこの作業がやれるかやれないかになるんですね」

障がいのある人と健常者が理解し合い、考え方を近づけるのが狙いだ。

有村社長:
「トヨタの上層部、部長級役員に対してだいぶやりましたので、逆にトヨタの各職場から、『こういう仕事ができるんじゃないか』とか『うちにも来てもらえないか』『やってもらえないか』という、非常にありがたいお誘いが多く来ました」

“誘い“の1つが、AI自動運転の開発協力だ。人工知能に、信号や車などのデータを大量に覚えこませていく。

トヨタループスの女性社員:
「カーなので(画像の中の)カーを選んで、車ですよとAI伝えていきます。安全のためにやっている仕事なので、失敗が許されないところもあって、ちょっと神経質になってしまいますが、ささいなことでも困ったことがあれば上司がしっかりお話を聞いてくれるので、心のケアもしていただける」最近では、障がい者「でも」できる仕事から、障がい者「だから」できるという仕事も増えてきた。その1つが、東京オリンピック開催に合わせて開発された「ジャパンタクシー」の開発協力だ。

例えば「手すり」を視覚障がいの人たちだとか、老人の方にも見やすいように色を付けてもらったという。

障がい者にとって使いやすい車両の開発に貢献し、新時代の車いす開発にも協力している。

有村社長は「まず、障がい者雇用を難しいと思わないでほしいということです。1人1人の個性をよく見ていただければ、本当に戦力になってくれると思いますので、最初から無理と決めつけるのではなく、一緒にやっていこうという思いが大事」と話しています。

2023年6月12日放送