11日、「八大タイトル独占」の偉業を達成し、藤井聡太八冠が誕生しました。一夜明けた12日、師匠の杉本昌隆八段に、藤井八冠の強さの理由や形成が逆転した永瀬さんの「123手」などについて話を聞きました。

 杉本八段は12日の夕方、リモートでインタビューに応え、偉業達成の対局を振り返りました。対局は名古屋市内で見ていたといいます。

Q.藤井八冠から報告は

杉本八段:
「報告というか、こちらからメールを送って電話ができる時間を聞きました。『夕方は空いています』みたいな感じで。電話しようと思っているんですけど、今こうやってカメラの前なので、撮影が終わったら電話するかもしれません」

Q.どんな思いで見守っていた

杉本八段:
「本当に歴史を変えるかもしれない一局でしたけれども、大逆転勝ちだったので、本当に最後の最後まで苦しめられた永瀬さんの強さも印象に残ります」

Q.どういう展開になると思っていた

杉本八段:
「午前中からちょっと苦しかった。それだけ永瀬さんの作戦がうまくて、夜に入ってもそれは変わらなかった。この将棋はもう第5局になるのかなと正直思っていました。やっぱり将棋は1手で大逆転することがあるので、あそこは本当に人間同士のドラマでしたね」

Q.今回の王座戦を振り返ると、永瀬さんが負けた3局はいずれも接戦だった。永瀬さんが勝ちを逃したのか

杉本八段:
「藤井八冠の勝ちパターンというのは、よく“藤井曲線”といわれるように、中盤で一回リードを奪えば、そのまま押し切ってしまう。一回もピンチにならないのですが、今回のシリーズの永瀬さんとの対局は、毎回最後までどちらが勝つか分からないという、なかなかリードを奪えず苦しんでいたと思います」

Q.永瀬さんの123手目で一気に形勢が逆転。この一手の後、永瀬さんが頭をかきむしるようなシーンが印象的だった

杉本八段:
「その前に藤井八冠が122手で真ん中に“銀”を打ちました。藤井八冠も首を差し出したというか、あれ以上守っていても勝ち目がないから、勝ち目が1%になるのは分かってたでしょうけど、あえて“スッパリ切ってください”という感じの手だった。対局の結末は『これは永瀬さんの勝ちだ』と、藤井八冠も永瀬さんも思っている局面だった。それが、永瀬さんは指に一瞬エアポケットというか、一瞬だけ何か握られたような感じでミスが出てしまった。あの123手の「5三馬」は勝ちを読み切れなかった。本当に悔しいと思う。指した瞬間に気付いたのかと」

Q. “やってしまった”という思い

杉本八段:
「割と我々棋士は表情に出さない、相手に悟られないようにするものです。藤井八冠は局面を見たら分かりますから。永瀬さんは“もう隠しきれない”という感じだった」

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Q.藤井八冠は会見で「まだまだ伸びしろと改善の余地が大きい」などと話していて、謙虚な姿勢は変わらない

杉本八段:
「“まだまだ伸びしろ”というのが恐ろしいというか。10代の頃って寝て起きたら強くなるものです。それが20代になって、考え方も変えていかなければいけないという意味もあるのかもしれません。今は21歳だから、まだまだ5年ぐらいはまっすぐ技術が伸びると思います」

Q.強さの秘訣は

杉本八段:
「本当の意味で私がそれを理解していたら、自分がもっと強くなってますから。分からないことも多いのですが、『悔しがれる』というのも一つの才能だなと思います」

Q.幼い頃も負けず嫌いだった

杉本八段:
「どんな局面でも、自分の将棋じゃなくても、すごい真剣に向き合う。どんなものも自分のことのように捉える」

Q.あらゆる局面に対応できる能力が磨き上げられている

杉本八段:
「思考能力の蓄積が、幼い頃からずっと積み重なって、それが今発揮されているということだと思います」

Q.1996年に羽生善治さんが七冠、1963年に大山康晴さんが五冠、1957年に升田幸三さんが三冠を達成。タイトルの数は時代によって違うが、「全冠制覇」した人はこれまで3人しかいない

杉本八段:
「各タイトルで対局の時期が違います。タイトル戦が始まる時期も違い、春に始まるものもあれば、夏に始まるものもあります。一年を通してずっと好調をキープしていなければ独占することは不可能です」

Q.藤井八冠は17歳11ヶ月で初タイトル、それからわずか3年で八冠を達成した

杉本八段:
「早いというか、ちょっと信じられないですよね。タイトルは獲得することもあれば、取られてしまうこともあります。取ったり取られたりで増やしていくんだろうなとは思っていたのですが、ひたすら取り続けるというか。挑戦すれば必ずとるし、防衛戦は絶対負けないので、もう本当にすごい勢いで増えましたよね」

Q.思っている以上の戦績だった

杉本八段:
「予想できた棋士は一人もいないと思います」

Q.羽生九段は当時25歳で全タイトルの七冠を制覇したが、七冠を維持できたのは棋聖のタイトルを奪われるまでの167日間

杉本八段:
「不調が許されないというか、ずっと好調で居続けるのは大変ですから。防衛戦となると、挑戦者の方が必ず研究時間は上回っているでしょうから。対局過多でどうやって自分のコンディションを整えていくのかということはあるでしょうね」

Q.これからはどの棋士も藤井八冠を研究し尽くすことになる

杉本八段:
「全ての棋士の目標になったということですね」

Q.藤井八冠は、全タイトルを持ち続けることにこだわりがあると思うか

杉本八段:
「『全くない』と思います。常に挑戦し続ける気持ちだから、防衛するというよりは、またタイトル戦の舞台で新たな挑戦をするという気持ちかな、と思ってます」

Q.モチベーションの維持は

杉本八段:
「私たちの世界は本当の意味でオフシーズンって実はない。またすぐ防衛戦が始まります。人次第では、自分でオフシーズン作れるんですけども、藤井八冠は作らないような気がする。ずっと将棋に浸っている状態といいますか」

Q.「休みたいな」と思うことは

杉本八段:
「そうですよね。私もそうだから。でも藤井八冠を見ていると『休みたくないんだな』と思っちゃう。そこが強いところですね」

Q.将棋が好きで好きで仕方がない

杉本八段:
「どんな時でも将棋の場面を見ると考え出すというか。すごい楽しそうに考え出すので。ずっとそうなんでしょうね。本当の将棋少年という気がしますよね」

Q.「藤井一強時代」はこれからも続くのか

杉本八段:
「今回、永瀬さんに苦しめられた。また違うタイトル戦で永瀬さんとのリターンマッチがあるかもしれない。これから始まる竜王戦で伊藤匠七段もいます。同世代で本当に強い棋士です。これからは若い人だと思います。これから将棋を始める人かもしれないし、小学生のお子さんかもしれない。『藤井八冠のようになりたい』『藤井八冠を目標に』という子がたくさん出てくると思う。将棋界はレベルがまた一段と上がっていくと思います」

Q.藤井八冠のゴールは

杉本八段:
「それは形のあるものじゃないと思う。将棋の道を自分が極め、真理にたどり着いた時だと思いますが、将棋は奥が深いから永遠にその日は来ないかもしれない。逆に本人も、その日が来てほしいと思ってないような気もします」