愛知県東栄町の「茶禅一(ちゃぜんいち)」は標高700メートルの山の中腹にあり、交通は不便ですが常に満席に近い人気のそば処です。

■ミシュランガイドにも掲載…山あいの客が殺到するそば処

 名古屋から車で2時間半、愛知県東栄町は、面積のおよそ9割を山林が占めるという自然豊かな町です。こののどかな景色が広がる山間に、客足が絶えないそば処があります。

【動画で見る】山間にポツンとあるのに客殺到…ミシュランガイドにも掲載のそば処『茶禅一』食と景色の2つの魅力で客を虜に

老舗のお茶農家が営む「茶禅一(ちゃぜんいち)」です。

ミシュランガイドにも掲載されたというこのお店には、店主の尾林威行さん(おばやし・たけゆき 49)が作るそばの味を求めて、連日お客さんが殺到しています。県外からこの山奥まで、わざわざ通う常連客も多いといいます。

愛知県豊田市から来た女性客:
「おいしいです。つるつるしていてのどごしも良くて」

愛知県豊橋市から来た男性客:
「2か月ぐらい前から予約して来た」

愛知県豊橋市から来た女性客:
「すごくおいしくてビックリした」

お目当ては手打ちの「茶そば」(1000円)です。

麺をよく見ると、「2層」になっています。

二八そばと茶そばを同時に楽しめるように開発したといいます。

店主の尾林威行さん:
「この山道をわざわざ登って来てくれた皆さんに、楽しんで、おいしいそばを食べていただきたいって思いますし、ありがたいなって思います」

■のど越しのいい二八そばと風味豊かな茶そばを重ねる

 尾林さんはお店が休みの日以外は、毎朝7時からそば打ちを始めます。

尾林さん:
「茨城県の常陸秋そばという種類です。旨みとコクがあって、味が濃いです」

手間はかかりますが毎朝、お店で挽くからこそ引き出せるそばの風味があるといいます。

尾林さん:
「毎日やります。毎日、2回か3回まわしますね。挽きたての方が、香りがぷーんと来ますね」

まずは1層目の「二八そば」作りからです。挽いたそば粉に、つなぎとなる小麦粉を加えて、のど越しと香りのバランスがとれたそばを打ちます。

尾林さん:
「こねるので大事なのはやっぱり、水分が均等にいくということ。粉の隅々まで水が行き渡るように、しっかりこねていく。こねている時の手の感触ですね。あとは、表面がつるつるしてくるところですね。表面がザラザラしている時には、水がしっかり行きわたってない」

全身の力を手に集めて生地をこねること5分、次第に表面が滑らかになってきました。

尾林さん:
「今ね、つるつるなんですよ、表面がね。白いそばができ上がりました。一層目の方ですね」

続いては2層目の茶そば作り。自家製の新茶の粉末を混ぜ合わせて、風味豊かなそばを打ちます。

尾林さん:
「お茶を入れると、水分量というものが全然変わってくるんです。二八そばとこの茶そばが同じ柔らかさにならないと、延ばしていく時に均一な二層にならない。水分量というのが、お茶を入れると難しくなってくるんですね。色は鮮やかな薄い緑になってきます」

茶そばも5分ほどこねて表面を滑らかにしたところで、2つの異なる生地を重ねて薄く延ばしていきます。

尾林さん:
「水分が蒸発していってしまうので、そばが乾いて切れやすくなってしまいますので、時間勝負っていうのはありますね」

生地を延ばしていく間にもどんどん水分が蒸発していってしまうため、スピードが命です。麺棒を巧みに操り、手際よく生地を延ばしていきます。

手の感覚を頼りにカットします。

幅1.5ミリほどにキレイにそろった麺ができあがりました。

■絶品そばを味わおうと客は遠方や県外からも

 お店は完全予約制です。この日も、たくさんのお客さんがやってきました。

注文が入ると、そばをつかみ、沸騰したお湯の中へ。全身全霊を傾けて打ったそばが、釜の中で踊ります。茹で上がりのタイミングを見極めると、釜からそばを出してすぐ水で洗ってしめます。急激に冷ますことで、よりコシがでるということです。

自慢の2層打ち「茶そば」(1000円)は、コシもあってのど越しも良く、口に含むとたちまち、そばとお茶の香りが広がります。遠くてもわざわざ食べに行く価値があります。

愛知県豊田市から来た女性客:
「おいしいし珍しい」

別の名古屋市から来た男性客:
「ほのかにお茶の味がして、2つで歯応えも味も違うので食感も楽しみながら、おいしいなと思います」

静岡県磐田市から来た男性客:
「今日は静岡県の磐田から。来た甲斐があったね」

そばの実の本来の風味を味わえる、二八そばとのセットも人気です。

■そばと一緒に楽しんでほしい「ふるさとの景色」

 このお店は、2019年にはミシュランのビブグルマンも獲得しました。しかし尾林さんは「もともとはお茶をやろうと思っていた」といいます。

尾林さん:
「学校卒業してから、お茶を習いに静岡へ行きました」

東栄町は古くからお茶の栽培が盛んな地域で、尾林さん一家も4代続く老舗のお茶農家ですが、平成の中頃から売上が徐々に減少したため、新たな事業を考えました。

尾林さん:
「ペットボトルが主流になってきたころで、お茶はこれから厳しいんじゃないかっていうこともありまして。その時に、ただお茶をやるのではなくお茶を絡めた何かができないか、とみんなで話し合いまして。茶そばがいいんじゃないかって言って」

一念発起して飛び込んだ「そば職人」の世界。東京で修業を重ねたのち、2006年に茶禅一をオープンしましたが、当初は客足も伸びませんでした。

尾林さん:
「最初始めた時は、お客さん10人とか、少ない時は1人とか2人とかっていう日が続いたので『やっぱり無理なのかな、この山の中でやるのは』っていうのが最初の印象ですね」

それでも、東栄町に根を下ろそうと決めたのには理由があります。自慢のそばだけでなく、ふるさとの景色を見に来てほしいという思いです。

尾林さん:
「山の遠さによって色が変わっているじゃないですか。それがすごく奥行が出てね、いいんですよね。全部緑じゃないですか。緑なんだけど全部色が違うっていう、それが面白くないですか。毎日見ても飽きないですよ」

雨の降った翌日などには「雲海」が見られることもあるといい、眼下に神秘的な光景が広がります。

尾林さん:
「皆さん喜ばれますね。本当にここに来て『わぁ』って言って。長い山道をずっとガマンして上がって来て、ここに来てこれを見ると、『来てよかった』ってみんな喜んでくれます」

お茶と絶景。東栄町の魅力を余すところなく詰め込んだそばの店は、SNSなどで評判を集めたちまち人気店となりました。

愛知県豊橋市から来た女性客:
「空気がキレイだし、あのくねくねした道を期待を込めて登ってきたので、なおさらおいしいです」

静岡県磐田市から来た男性客:
「最高です。こんなところにそば屋さんがあるとは思いませんでした」

■夏は茶畑を眺めながら食べるかき氷も魅力 店主の「この地域が賑わってほしい」という願い

 茶禅一にはもう1つ楽しみがあります、かき氷です。常温でしばらく置いて少し溶けはじめた氷を極限まで薄く削ることで、まるで「綿あめ」のようにふわふわな食感に仕上げました。

香り豊かな緑茶蜜を合わせ、仕上げに濃厚な生クリームをたっぷりのせた「雲上茶ミルクぜんざい」(850円 ※現在は900円)です。

段々と連なる、美しい茶畑を眺めながら食べるかき氷は格別です。

愛知県田原市から来た女性客:
「おいしいし景色もとてもいい」

愛知県刈谷市から来た女性客:
「すごくいいです。お茶畑も見えて、すごいキレイで、気持ちいいです」

食と景色、2つの魅力でお客さんを虜にする茶禅一。自分の育ったふるさとへ恩返しをしたい、尾林さんは、この地域を賑やかにしたいと願っています。

尾林さん:
「すごく寂しかったここの地域が、お客さんが来てくれることによって、賑やかになってきました。営業している間はすごく賑わうんですけども、やっぱりそれ以外は寂しいところなんですよ。やっぱりここで続けることによって、移り住む人が増えたりとか移住する人が増えてくる。ここで育った子が、人が賑やかなところだったら帰ってこようかなっていう、そういうところに繋がるように目指して頑張っていきたい」

2023年6月29日放送