仮想空間「メタバース」が様々な場面で取り入れられている。拡大する「新世界」を取材した。

■VRで医学生がリアルに「執刀」しスタッフも手術の流れを一緒に体験

 名古屋大学メディカルxRセンター。医師や医学部に通う学生などに向けた研修施設だ。

【動画で見る】修学旅行は世界6か国!?…新たな感動生む『メタバース』の世界

医師:
「胆のう動脈を切って、胆のう管を切って胆のうを剥がす」

医師が学生に実演してみせていたのは、胆のうの摘出「手術」。画面に映し出された患部を見ながら、慎重に処置を施していく。

医師:
「…で、終わり。これを完遂してほしい。やるか?」

なんと、まだ勉強中の学生が1人で「執刀」…実はこの“患者”は、リアルに作られたCG。

センターで導入している“VR手術シミュレーター”での研修だ。

医師:
「うまい!うまい!ベリーグッド」

いまやゲームなどでおなじみとなったVR=バーチャルリアリティ。コンピューターでつくり出された立体空間の中を、現実であるかのように疑似体験できる仕組みのことだ。

医療の場合、実際の手術では学生はほとんど見学しかできないが、VRを使うことで、いち早くよりリアルに体験できる。

名古屋大学医学部の学生(5年):
「こういうシミュレーターでめちゃくちゃリアルな実習ができるのは、本当に現代ならではというか、いま実習できてよかったなと思います」

別の学生(5年):
「(手術を)見ているのとやっているのは、全然感覚は違うので。実際に行われている検査の手技とかを体験することができて、いい経験になったかなと思います」

このセンターでは、看護師や臨床工学技士といった、メスは握らない医療スタッフもこの「VR研修」に参加。手術に携わるスタッフ全員が、手順や流れを理解することに役立てている。

看護師:
「今までは言われてから(器械を)出すだけだったんですけど、これを実際にやってみたら、先生に言われる前に予想して出せる気がしてきた」

名古屋大学メディカルxRセンターの藤原道隆センター長:
「基本動作の訓練は医師にとって意味があるんですけど、具体的な術式のモジュールっていうのは、手術室で実際に手術をしない他の医療スタッフの方に意味があるんです。どういう風に自分が動くと他の医療スタッフがやりやすいのかっていうのを、ある程度体験しながらわかる」

■VRの活用に大企業も注目…自分のアバターがメタバース上で商品を実際に売買

 活用が進む「VR」。このVRを使って、今広がっている新たな概念が「メタバース」だ。

メタバース上のアバター:
「ゆめみんと言います。ユウキと呼んでくれても嬉しいです」

別のアバター:
「好きなものはVチューバ―をよく見ています」

 メタバースとは、VRなど3次元の世界で「アバター」という分身を介し、他の人とコミュニケーションが取れる世界。

VR上を自由に動き、おしゃべりなども楽しめるとあって、企業の導入も拡大している。

男性:
「結構リアルだね!Tシャツも売ってんじゃん」

別の男性:
「ジーパンが買いたいんだよな~」

凸版印刷が、2021年12月から提供を始めたスマートフォンアプリ「メタパ」。アプリストアからダウンロードするだけで、離れた場所にいる友達と「メタバースの世界」でショッピングを楽しめる。

店で気になった商品を選択すると、その概要が表示され、もちろん実際に購入も可能。現在、利用できる店舗の数は9店で、扱う商品数はおよそ120点にのぼる。

アプリの開発担当者(名塚一郎さん):
「メタバース上でのコト消費みたいな形になると面白いですよね。自分そっくりな体型のアバターを作って、着せ替えみたいなところも今後構想しております」

■教科書の代わりにVR上の教材を使って「メタバース授業」家にいながら留学も…

 企業が力を入れるメタバースは、教育の現場にも広がっている。こちらの男子生徒は、VRゴーグルをつけてゲームを楽しんでいる…ワケではなく、れっきとした学校の「授業中」だ。

通信制のN高校やS高校で昨年度から導入されている「メタバース授業」。この生徒の場合、1日6コマの授業のうち、約半分を受講している。

S高校の男子生徒:
「今触っているのはオバビニアです。大きく見ると、裏のところが羽にようになっていて、すごいです」

メタバース上の教師:
「丸くなっている三葉虫の化石があったりもしますし、何かにかじられたような跡がある三葉虫の化石なんかもありますから」

授業は教科書を読む代わりに、VR上に現れる「教材」を目で見ながら進行。立体的に認識させることで、生徒の知識を深める狙いだ。

英語の授業では、アバターの「外国人」と英語でコミュニケーション。実際にいるのは日本でも、まるで海外留学しているような気分になるという。

S高校の男子生徒:
「自分のダメなところがわかりやすくていいと思います。視界がこの空間(メタバース)の中にあるので、余計な情報がない。授業だけに集中できるっていう良さがあると思います」

近未来型の「メタバース授業」にすでに順応しているようだ。

■参院選でもメタバースを活用…「新しいツール」で政治に関心の薄い層の声を聞く

 7月の参議院選挙で、メタバースを活用した候補者もいた。自民党の渡辺猛之議員(54)は、選挙期間中にメタバースで意見交換会を開催。

自民党の渡辺猛之議員:
「子供たちを応援したい企業ってたくさんあると思うんですよね。そういうところとマッチングしていくのも一つやり方かなと、私は考えています」

育児や家事に追われ、中々こうした場に来られない子育て世代の19人から、日頃抱えている不安や悩みを聞く機会としてメタバースを活用した。

意見交換会の参加者(5歳・4歳・1歳の子を育てる30代):
「放課後児童クラブ、学童についてなんですけど、生徒の人数が少なくなっていて維持が難しくなっていたり…」

渡辺議員:
「子育て中のお父さんやお母さんの意見って、一番政治に届かないんだよね。新しいツールを使ってどんどんいろんな人の意見を吸い上げていくことが、日本の政治をよくしていくと思うので」

記者:
「(メタバースは)得意な方ですか、苦手な方ですか」

渡辺議員:
「明らかに苦手な方です!」

■90分で世界中を巡る「修学旅行」…便利で刺激的だが依存や催眠商法などに警鐘も

 2022年2月、アメリカの大手リサーチ会社「ガートナー」は、4年後には地球上の4人に1人が、1日に1時間以上メタバースで過ごすようになるという見解を発表。こうした光景が日常の一部となる世界は、もう目の前なのかもしれない。

「メタバース授業」を導入していた「N高校」「S高校」では、修学旅行も「メタバース」だ。

メタバース上の教師:
「いきなり中国に飛びました。こちら何かわかりますか」

メタバース上の生徒:
「万里の長城」

メタバース上の教師:
「その通り、万里の長城でございます。今から2400年前に、こんなでかい物を作っているわけですよ」

生徒たちはそれぞれアバターで参加。行先は、人気漫画の舞台や観光名所などをチョイス。

メタバース上の教師:
「キングダムの世界を今旅しました。続いては…、はいチーズ!」

もちろん移動時間はなく、わずか90分で日本を含め6か国・12か所を訪れ、見聞を広げることができた。

角川ドワンゴ学園の担当者:
「去年(2021年)1年間で行ったイベントの中では、1番満足度が高いものでした。いろんな景色だとか、あとはどうして作ろうと思ったのか、勉強的に入れていくんですけど、生徒としては勉強だけじゃなくてそれをリアルで見られているっていうところで、より記憶が刷り込まれていく。学びにもっと繋げられるようにしていきたいなと思っています」

 ショッピングに学びの場、それに政治…。着々と広がりを感じさせるもう1つの世界「メタバース」。ITジャーナリストの井上トシユキ氏は、そのメリットとデメリットの両面を理解すべきと話す。

ITジャーナリストの井上トシユキさん:
「非常に便利でありますし、またビックリするんですよ。本当に映画とかアニメでしか見たことがなかったようなことが実現されたんだっていう、感動に似たようなものがありますので。心配しているのが没入による依存なんです。一緒にいる人を無条件で仲間意識を持って信じてしまう。物品をだまして買わされてしまったりだとか、催眠商法のようなことができてしまう。いろんなコミュニケーションの回路を用意して、それを自分の都合によって使い分けていくことが必要なのかなと思います」

進化を続けるメタバースの世界。正しく使えば、私たちの生活をより便利で刺激的なものにしてくれそうだ。