岐阜県大垣市に、創業120年を迎えた老舗のめん処がある。関西風のうどんはもちろん美味しい。だが、店の名物はつぎ足しのタレで作るソースかつ丼だ。一時は店を継ぎたくないと反発した長男が、4代目を継ぐべく修業に励んでいる。

■創業120年のめん処はうどんも美味いが名物は「ソースかつ丼」

「水の都」岐阜県大垣市にある、人気のめん処「鶴岡屋(つるおかや)本店」。

【動画で見る】名物「ソースかつ丼」の味が途絶える危機も…創業120年目・人気めん処の4代目候補51歳長男の覚悟

薄口の醤油を使う関西風のつゆに、油揚げと青ねぎ、カマボコを添えた「しのだうどん」(680円)は、120年受け継がれてきた伝統の逸品だ。

ランチタイムには行列もできるという店だが…。

店員:
「かつ丼お待たせしました」

ほとんどの人が注文しているのが「ソースかつ丼」だ。

女性客:
「みそかつかと思ったんですけど、ソースの味もちょっとして、他とは違うなと思いました」

男性客:
「よそにない味やで、ちょっと変わっとるかね」

一緒に来た女性:
「だからまた食べたくなる」

他にはない唯一無二のかつ丼だ。

■息子は一時反発し別の道に…守るべき家族持ち心境に変化

 明治35年(1902年)に創業した「鶴岡屋本店」は、多い時には暖簾分けした店が5店舗もあったという。2022年にちょうど創業120年目を迎えた。

老舗の伝統を守ってきたのは、4人の店主たち。

3代目で現在の店主、水谷肇さんは、この道一筋60年のまさに職人だ。

4代目の候補は肇さんの長男・俊介さん。51歳だが、店で働き出したのはわずか8年前。

俊介さん:
「高校へ行って、そのあと調理師専門学校へ行って、その時は(父と)一緒にやる予定やったんですけど」

最初は跡継ぎに前向きでしたが、周りの声がプレッシャーとなり、次第に反発する気持ちが生まれていったという。

俊介さん:
「周りは『跡を継いで当然』というような言い方だったもんで、やっぱり1回は反発したかったみたいな。畑違いの建築業にいっちゃって、最後は造園業をずっとやってたんです」

このままでは、明治時代から守ってきた暖簾が危ない。3代目も一時は覚悟した。

転機となったきっかけは、俊介さんに守るべき家庭ができたことだ。

俊介さん:
「40歳前にこのままでいいのかなみたいな。やるなら今かなって、土日のバイトから最初やるわって事で」

アルバイトとして、一から店の手伝いを始めた俊介さん。それから8年、今や厨房の事は全て任せられようになったと、父・肇さんが太鼓判を押すまでになった。

■人気の「ソースかつ丼」の決め手は2代目が生み出した“秘伝のソース”

 老舗の味は無事受け継がれることになった。「かつ丼」(900円)は、平日でも1日60食は出るという超人気メニューで、肉はロース、ヒレ、ササミから選ぶことができる。

100円プラスすれば、とんかつのソースで煮込んだタマゴが乗る、「かつ丼(上)」(1000円)に。味がしっかりしみこんだ半熟タマゴは、かつとの相性が抜群だ。

そして、人気の「ソースかつ丼」を生み出す秘密は、どこか西洋料理のテイストもするソースにあった。

このソースを生み出したのは、2代目の宗一(そういち)さんだ。

戦時中にベトナムで口にしたデミグラスソースに感動し、その味をかつ丼のソースに応用したいと考え、終戦後に完成させたという。

以来、継ぎ足しながら使ってきた店の宝物だ。作り方は、鍋にザラメや醤油、大量のケチャップと…。

ウスターソース、愛知県の碧南市産のみりんなどを投入し、火にかける。

このあと入れた液体は「企業秘密」。だが、誰でも手に入れられるものだという。それを入れたら昆布とカツオ節、サバ節、ムロアジで取ったダシを加え、沸騰させたら完成だ。受け継がれてきたソースに継ぎ足しながら使う。

そのソースにくぐらせたかつの味は、まさに和洋折衷。他にはない「クセになる味」と、遠方から食べに来る人も多いという。

■息子が考案した「冷凍かつ丼」が大ヒット 父も店を譲る決意

 俊介さんは、8年かけてレシピを身に付けると、新たな商品開発にも挑戦した。

俊介さん:
「親父が元気なうちに出来ることはないかなということで。その時は漠然とですけど、冷凍でやったら面白いかなと」

 俊介さんが考案したのは、取り寄せができる「冷凍のかつ丼」だ。

俊介さん:
「家庭で揚げてもらうタイプなら、そっちの方がもっと簡単やったんですけど、よそがやってないレンジだけで(食べられること)にこだわったもんで」

店の味を忠実に再現するため、ソースにくぐらせてから冷凍することにチャレンジ。

俊介さん:
「一番(苦労したの)はタレですね。タレにくぐらせる再現というか、(冷凍だと)くぐらせる動作がどうしてもないもので、タレにラードを足してみたりとか。それと同時にパン粉も、店用のパン粉ではバラバラになっちゃったので、パン粉も色々変えて、見つけたというか、色々やって」

試行錯誤すること2年、急速冷凍機や真空パックにする機械も購入し、遂に2022年の夏、完成させた。レンジで温めるだけで店と変わらない味が楽しめる「冷凍かつ丼」。

創業120周年を記念して2人前1200円で売り出すと、即完売の大人気商品になった(2023年からは1500円)。

息子の新しい挑戦を、父親はどう思っているのか。

肇さん:
「僕は正直、自分がようやらなんだで。考えた事は若い時にはあったけど。やり遂げてまったでな、すごいと思います」

まだ完成品を食べたことがないという肇さんに、食べてもらった。

肇さん:
「うん、おいしいですね。お店で食べるのとほとんど変わりませんね。完成度は高いと思いますけどね」

俊介さん:
「タレが店と一緒かなと、ちょっと薄くないかな」

肇さん:
「店よりは、多少あっさりしてるかな。いや、僕はこれでも好きですよ」

冷凍かつ丼の成功もあり、肇さんは2023年には俊介さんに店を譲ることを決めた。4代目として121年目から受け継ぐことになった俊介さんに、胸の内を聞いた。

俊介さん:
「不安なところもあるんですけど、やっぱり跡を継いでやると決めた以上は腹くくってやっていくしかないというか。不安は不安です」

肇さん:
「そう心配することはないと思います、大丈夫だと思いますよ」

俊介さん:
「現状を維持するのはもちろんですけど、あとは何か新しいこと、新しいメニューとかできていけばいいのかなと。できる限り、永く…」


2022年12月19日放送