「お経のような」と言えば抑揚のない、喋り口のことを言いますが、三重県津市にある寺の住職が、音楽に合わせてお経を「歌う」という珍しい活動をしています。なぜ歌なのか…?

■客席は“木魚を叩いて”応える…法華経を音楽にして布教するお坊さん

きらびやかな仏像。

【動画で見る】住職のあおりに檀家が木魚で応える…寺が一体感に包まれた“法華経ソング” 音楽で布教する令和のお坊さん

その前に現れたのは、4人のお坊さん。

石山覚教さん:
「一生懸命、心を込めて歌いたいと思います」

と、歌い始めた歌詞をよく聞くと…「念仏」?

客席も木魚をたたいて応えます。

「舞台」の真ん中で熱唱するのは、石山覚教(いしやま・かくぎょう 47)さん。このステージを企画しました。

三重県津市にある室町時代に建てられた天台真盛宗(てんだいしんせいしゅう)の寺・「西向院(さいこういん)」。

石山さんが住職を務める寺です。

午前6時、石山さんの1日が始まります。

石山さん:
「朝は早いですね、お寺なので。天台宗はですね、朝のおつとめは、『朝法華、夕念仏』って言って…」

普段は1日2回のお勤めや、塔婆への文字入れに、夕方の鐘つきと、住職としてあわただしい日々を過ごしていますが…。

石山さんには、“ライフワーク”がありました。

石山さん:
「法華経の世界観に入って行ったら、本当にドラマみたいなんですよ。ドラマチックになって、うわー!って。仏教離れとか、宗教離れっていう時代じゃないですか。法華経を音楽にしてCDにしてばらまこうと」

法華経を“音楽にして”布教する。全部で28章からなる法華経のすべてに、曲をつけるといいます。

2022年、3つの章が楽曲となり、CD3000枚を自費で制作しました。

石山さん:
「(1曲あたり)CDを1000枚作って、1000枚買ってもらえたらトントンぐらいな制作費なんで、利益は出ませんね。これ(CD)が来たときはうれしかったですね。始まるぞっていう感じで」

しかし、なぜ法華経を歌にしたのでしょうか。

石山さん:
「僕がお経の声にときめいて、この道に入って、気が付けば心穏やかで救われているみたいに、誰かの役に今度は僕がなれたらうれしいなと」

■妻の縁で仏門に…ピザ職人目指し脱サラし渡米も「ピザ屋を開く前に悟りを」

 もともと、仏教には縁もゆかりもなかった石山さんは、憧れだった「ピザ職人」を志して27歳で脱サラし、単身アメリカへ。

帰国後も、鈴鹿市のレストランで修行を積み、その店で店長を任されるまでになりましたが…。

石山さん:
「雇われ店長の時点で、過労とか人間関係、売上で倒れるようでは、自分の店なんか絶対無理だと悟ったわけですよ。僕はピザ屋を開く前に、悟りを開かなきゃいけない」

「店を開く前に、悟りを開く」。

妻の真祐子(まゆこ)さんの実家が天台真盛宗の寺だった縁で、17年前の2006年に、石山さんは仏門を叩きました。

修行の中で、石山さんは「法華経」の魅力に憑りつかれました。

石山さん:
「(お坊さんが)一心不乱に法華経を読んでいる姿に感動したんですよ。『天台宗の一番大事なお経なんだよ』とか。だんだん意味が分かってくると、だからこんなにときめいたんだと」

自分と同じように、“法華経で人の心を救いたい”と考えたのが、アメリカでの経験でした。

石山さん(アメリカでのライブ映像):
「コシがない 汁がない あ~あ~伊勢うどん」(「伊勢うどん」作詞・曲/石山さん)

石山さん:
「アメリカのお客さんが『伊勢うどん!』って言っているのは、夢のようでしたね。お経も意味わからないじゃないですか。音楽にしたら、人を感動させられるんじゃないかと」

趣味の「曲作り」を活かそうと、プロのミュージシャンの日出克(ひでかつ)さんの力を借りて、法華経に曲をつけ…。

知り合いのお坊さん達にもコーラスに参加してもらいました。CDは、その集大成です。

石山さんの妻・真祐子さんも、メンバーの1人です。

石山さん:
「三重県で活動するときは、女性のコーラスの部分は妻が生声で」

真祐子さん:
「今度初めてで、やったことなくて。ピアノだけだったんですけど」

6日後には、2か所で行うライブに初めてコーラスで参加します。無事、夫婦で歌いきることはできるのでしょうか。

■「聴く人の心に届いてくれたら…」寺や温泉施設でライブ 会場は一体感に

 6日後、1か所目は、知り合いの寺。ライブの準備は夫婦で進めます。

石山さん:
「いつも焦っていますね。時間が限られているし、たまに思いもよらない…音が出ないとか」

石山さん:
「これ(キーボード)が音が出ない」

ライブ直前なのに音が出ません。

石山さん:
「スピーカーに(ケーブルが)ささってないわ(笑)」

真祐子さん:
「ちょっと!」

初歩的なミスに苦笑い。

しかし、ひとたびステージが始まると…。

石山さん:
「もしよかったらみなさん、木魚!」

煽る石山さん、それに応える檀家たち。

そして真祐子さんも。

寺は一体感に包まれ、大盛況でライブを終えました。

檀家の女性:
「デビューした時からずっと追っかけてきているんです。『自分は負けていないぞ』っていう、エネルギッシュなところがね、すごく惹かれたんです」

檀家の男性:
「ここに集まってくるのも、お年寄りがほとんどなのでね。(お経が)若い世代にも浸透していくといいなと思いますね」

2か所目は、津市の温泉施設。ここは檀家もいない“アウェー”です。石山さんの音楽は、想いは、伝わるのでしょうか。

石山さん:
「1年目はね、なんとか絞り出してね(CDを)3枚まで作りました。ちょっと力をわけてやろうと思っていただけるなら、CD販売しておりますので(笑)」

つかみはまずまず。そして曲が始まると、思わず立ち止まる人、リズムに乗る人、カメラをまわす人。気付けば、ちょっとした人だかりができていました。

魂を込めて歌いあげた3曲。ライブ終了後、CDを買い求める人の姿がありました。

CDを購入した女性:
「なんか感激っていうか。こんなの聞いたことなかったし、心がわーって震えてくる感じがして、涙が出そうで…」

信者でない人の心にも、届いたようです。

石山さん:
「お経に合わせてノってくれるっていうのが夢みたいで、お寺ではなかなか見られない光景だから、そういうのがこういう活動の醍醐味ですね。幸せになってほしい祈りの思いとか、願いとか、そういうものが音楽に絡まって、聞く人の心にすっと届いてくれたらと思います」

寺を飛び出し、仏の教えを“歌”で説く。“令和のお坊さん”の新しい姿がありました。

2023年1月19日放送