57年前の1966年、静岡市で一家4人が殺害されたいわゆる「袴田事件」の裁判のやり直しが2023年10月27日、ようやく始まりました。

 死刑判決を受け、無罪を訴える袴田巌さんは87歳になりました。なぜ「再審の扉」が開くまでにこれほど時間がかかるのでしょうか。

■袴田事件の再審 57年経ちようやく始まる

 再審開始の10月27日の朝、静岡県浜松市。

袴田巌さんの姉・ひで子さん(90):
「やっと始まる。57 年戦ってやっと再審開始になりました。望むことはね、真実を望むってこと。巌は無実だから、無罪ということを望んでおります」

【動画で見る】事件発生から57年…袴田事件でようやく手をかけた『再審の扉』日本の司法はなぜこれほど時間がかかるのか

Q.巌さんに何と声をかけてきましたか
ひで子さん:
「巌はね、昨日から腰が痛いと言ってまだ寝ています。きょうはね『静岡行ってくるでね』と 言って出てきたんです」

事件から57年、ようやく手をかけた「再審」の扉。死刑囚となった弟の無罪を求め、90歳の姉の「新たな戦い」が始まりました。

57年前の1966年、静岡市清水区のみそ製造会社専務の自宅で一家4人が殺害されました。いわゆる「袴田事件」です。

逮捕されたのは、従業員で元プロボクサーの袴田巌さん、当時は30歳でした。長時間の取り調べの末、自白しましたが、裁判では一貫して無罪を主張。

しかし事件から1年2カ月も経ってから、みそのタンクの中で5点の衣類が発見。

袴田さんの「犯行時の着衣」と認定され、死刑が確定しました。

■釈放後も残った拘禁反応…さらに9年で漸く「再審決定」

 その後は、再審請求を続けること約30年。2度目の再審請求では衣類のカラー写真など、およそ600点にも上る証拠が静岡地検から新たに開示されました。

2014年3月、静岡地裁は「捜査機関が重要な証拠を捏造した可能性がある」として、再審開始を決定し、袴田さんは47年と7カ月ぶりに釈放されました。

釈放後、袴田さんは3つ年上の姉・ひで子さんの家で暮らし始めましたが、長い拘置所生活と死刑への恐怖で「拘禁反応」を起こし、正常な状態ではいられなくなっていました。

その後は身柄の拘束まではされなかったものの、再審開始決定の取り消しや差し戻しが繰り返されました。

しかし2023年3月13日、ついに高裁が再審開始を決定。釈放されてから、9年もの月日が経っていました。

争点は、事件から1年2カ月後に見つかった「犯行時の着衣」とされる「5点の衣類」に付着した血痕の変色具合でした。

味噌漬けにされた衣類は、変色してほぼ黒っぽい色になるという弁護団の主張が認められ、東京高裁は「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」として、再審を認める決定をしました。

そして2023年3月20日、検察は特別抗告を断念。

ひで子さん:
「どうしても勝たなきゃね。勝って死刑囚という肩書をとってもらわなきゃ。ごく普通の人になってもらわなきゃ。私も長生きしなきゃいかんが、巌も48年の刑務所の生活を取り戻すというわけにはいかんけど、せめて何分の1かでも取り戻せるような生活をしていきたいと思っている」

ひで子さんは現在90歳。支援者の手を借りながら、87歳の巌さんとの生活を続けています。

27日の裁判では巌さんの出廷は免除され、ひで子さんが補佐人として出席。無実を主張し「どうぞ、弟に真の自由をお与えくださいますようお願い申し上げます」と訴えました。

検察は再び、袴田さんの有罪を求めて立証。5点の衣類は巌さんが犯行時に着用したものと主張しました。

■獄中で再審開始を待ち続けて亡くなった元死刑囚も

 袴田事件と同様に再審を求める戦いは、三重県で起きた事件の裁判でもあります。62年前、名張市で女性5人が死亡した「名張毒ぶどう酒事件」では、再審の扉はまだ開いていません。

逮捕された奥西勝元死刑囚は、一審こそ無罪判決でしたが二審で逆転死刑判決となりました。

獄中で無実を訴え続けて2005年、ようやく再審開始が決定。しかし、その後取り消しとなり、再審の扉は開かれることなく奥西元死刑囚は肺炎でこの世を去りました。

再審は、妹の岡美代子さん(93)が引き継ぎました。

弁護団は奥西元死刑囚の無罪を信じて新証拠を出し続けますが、10度目の再審請求の異議審でも名古屋高裁は2022年3月、再審を認めませんでした。

奥西勝元死刑囚の姉・岡美代子さん:
「今度こそうまいこといくかなと思って楽しみにしていたのに、やっぱりあかんのやな。本当に悔しい」

岡さんは、11月で94歳を迎えます。

弁護団は2022年3月、最高裁に特別抗告しましたが、1年7カ月が経った今も決定を出すという連絡は届きません。

■弁護士やジャーナリストが指摘する「再審制度」の問題点

 弁護団長の鈴木泉弁護士は、再審開始決定が出ても検察による抗告で審理が何年も続く現状に異議を唱えます。

名張毒ぶどう酒事件の弁護団長・鈴木泉弁護士
「再審開始決定に対しても、検察の抗告を許している。そこで争わなくても再審開始決定というのがあれば、やり直しの裁判の中でいくらでも検察は言えるわけです。それを入口の段階で閉ざしてしまうことができるという今の再審法はおかしいですよ」

無罪の証明のためには膨大な時間がかかり、時にその過程で命が尽きることもある「再審」。袴田事件も再審公判が始まったものの結審は2024年3月になる予定で、判決が言い渡されるのはさらにその先です。

袴田事件の取材を長く続けてきたジャーナリストの大谷昭宏さんは、刑事訴訟法は約500条ありますが、再審に関する規定は19しかなく少なすぎると指摘しています。

また証拠開示の規定がないため「簡単に言えば検察が袴田さんに有利な証拠を隠し続けてきた」と話し、「裁量証拠主義、検察は有利な証拠だけ出したらいいと、基本的には変わっていない。そうするとどうしたって再審の扉は開かない」と問題視しています。

袴田事件の再審が始まった10月27日午前、再審の手続きについて、小泉龍司法務大臣は「直ちに手当てが必要な不備があるとは思わない。検察の抗告を排除すると不当な再審決定があった場合、是正する余地をなくしてしまう」と話しました。

大谷さんは「何の罪もない人をでっちあげた証拠を持ってきて死刑にしようとした。その人が無罪でしたといわれるというのに、何の不備もなかったという。では人を殺すことに不備はなかったのかということを改めて問いたい」と憤り、「検察は威信を落とすまいとやっているが、日本は信用を落とすことになると気付いてほしい」と話しています。

■検察は不服申し立てできず…海外の再審制度は

 フランスでは2014年に「再審・再審査法院」という組織が創設され、この組織が裁判のやり直しをする理由があると判断した場合は不服の申し立てはできず、再審が決まります。

ドイツでは1964年、検察の不服申し立てが禁止となりました。検察はやり直しの裁判で改めて有罪を主張することになっています。再審の公判は確定判決とは完全に独立していなければならないとされています。

2023年10月27日放送