
旧ソビエト連邦の最後の指導者で、東西冷戦を終結に導いたゴルバチョフ元大統領が亡くなりました。91歳でした。過去には東海3県を訪れるなど、つながりがありました。
今から30年前、1992年の名古屋駅。厳戒態勢が敷かれる中、新幹線で名古屋に降り立ったのが、ミハイル・ゴルバチョフ氏です。
大統領を退任し間もなくしての来日ですが、多くの報道陣とホームからあふれそうになるほどの市民らが集まりました。その後、トヨタ自動車本社や工場を視察しました。
ゴルバチョフ元大統領は、旧ソ連の態勢で停滞していた経済を「ペレストロイカ」で建て直し、戦後続いた米ソ冷戦を終結させました。
在任中は、故・海部元総理とも会談を重ね、領土問題の解決などを目指す日ソ共同声明で合意したものの、その4か月後、保守派のクーデター未遂がきっかけで失脚しました。
ゴルバチョフ氏は1995年、岐阜市で講演し、「ソ連崩壊で冷戦が終結し新たな機会が開かれたが、新たな危険も生じている」と、ロシアの政治体制に懸念を示しました。
岐阜市に住むロシア人のクカルキナ・ヴァレンティナさん(47)。ソ連が崩壊したときはまだ12歳でしたが、ゴルバチョフ氏の改革で、社会が大きく変わったといいます。
クカルキナ・ヴァレンティナさん:
「急に色んなことができるようになったから、テレビ番組が面白くなったり、雑誌の種類がいっぱい増えたり、自由にどこでも行けるようになった。彼のおかげですごく国が変わってビックリした」
しかし、旧ソ連時代は同じ国同士だったロシアによるウクライナ侵攻に…。
クカルキナ・ヴァレンティナさん:
「今は仲間外れになる一方。ひどいことが終わらない限り、(ロシアは)仲間外れになる。ロシアをより良くしようとしていた方が亡くなってしまった。また元に戻るのではないか」
ゴルバチョフ氏が設立した財団はホームページで、ウクライナ侵攻に対し次のメッセージを残しています。
<ゴルバチョフ氏が設立した財団のメッセージ>
「世界には人間の命より大切なものはなく、あるはずもない。相互の尊重と双方の利益の考慮に基づいた交渉と対話のみが、最も深刻な対立や問題を解決できる唯一の方法だ」