明治44年(1911年)に創業した三重県津市の「レストラン 中津軒(なかつけん)」は、ハヤシライスやオムライスといった昔ながらの洋食が人気のお店です。定番メニューに欠かせないのが、100年以上受け継がれてきた伝統の「デミグラスソース」。コク深い味わいを引き出すのは職人の感覚と勘です。

■伝統のソースは店の命…100年以上受け継がれてきた秘伝のデミグラスソース

 三重県津市。街の中心部の路地を一本入ったところにある「レストラン 中津軒(なかつけん)」は、レトロな雰囲気を残す老舗洋食店です。

【画像20枚で見る】父から子へ受け継ぐ 100年以上の伝統誇る老舗洋食店の“デミグラスソース”

 人気は、自家製デミグラスソースを使った「ハヤシライス」(750円)や「オムライス」(850円)、「ハンバーグステーキ」(1000円)などの洋食メニュー。

 肉と玉ねぎをデミグラスソースで炒めて煮込み、半熟卵をのせた「メヤベア」(1000円)という、東海地方で数軒の洋食店にのみ伝わる貴重な逸品もあります。

男性客:
「デミグラスソースがすごく深みがあっておいしいです」

女性客:
「ここだけの味なので、よそにはないので。ここに行けば間違いないよねっていうお店」

 作るのは、老舗の味を守る4代目の中田守寛さん(43)です。

中田さん:
「大半のメニューにデミグラスソースを使っているので、本当にお店の命。今までの料理よりも明日、明日より明後日。絶えずおいしく守っていきたい」

 デミグラスソースは、「ポークカツレツ」(1000円)のソースや「スパゲッティーミートソース」(750円)などにも使われる味の基本であり、命です。

■日々調理した焼き汁もソースの中へ…店で提供する50のメニューがソース作りにつながる

 デミグラスソースは、「もと」作りから始まります。前回仕込んで、半分ほど残しておいた「もと」に、新たに材料を足して量を増やしていきます。まずは、鶏と牛からとった2種類のブイヨンを入れ、そこへ適度に焦げ目をつけた野菜を入れ、香りや苦味を足します。そこへハンバーグのもとを入れます。

中田さん:
「肉のうま味がデミグラスソースに入っています。これとは別に、日々オーダーされたハンバーグやグリルチキンとかの焼き汁も足していきます」

 様々な素材を加えることで、より複雑で濃厚な「コク」につながるといいます。店では50品以上ものメニューを提供していますが、すべての料理がデミグラスソース作りにつながっています。

 中田さんは、「メニュー数を減らせないのは美味しいソース作りのため」と話します。創業当時から続くメニューが伝統の味を生み出します。

■焼き加減を見極めるのは職人の感覚…小麦粉を焦げる手前まで焼く「ルー」作り

 続いて、「ルー」作り。熱した牛脂に小麦粉を加え、練るように混ぜ合わせます。ルーはデミグラスソースの色や香り、苦味などのもととなります。そこで欠かせないのが、中田さんの手仕事です。

中田さん:
「しっかり混ぜないと、粉だけ焦げてムラになっちゃうといけない。デミグラスソースの『もとのもと』になるので、一番細心の注意を払って…」

 しっかり混ぜ合わせたら、オーブンで焼いていきます。重要なのは、焦がし過ぎないこと。15分後、一旦焦げ具合を確認。そして20分後、表面にはこんがりと焼き色が付きました。

 まんべんなく混ぜたら、再びオーブンへ。すべての小麦粉が焦げる手前の状態になるまで、この作業をひたすら繰り返します。気温や湿度、作る量によって完成まで早くて3時間、長ければ6時間もかけるといいます。

中田さん:
「安心して提供するためには、機械ではなく自分の感覚、匂い、触った感触とかがすごく大事。最善を尽くしながら、同じものをきちっと作れるように…」

 始めてから2時間。明らかに色が濃くなってきました。どこで火を止めるかは、中田さんの感覚が頼りで、色、匂い、手の感触で見極めます。完成まであとひと息です。

中田さん:
「いいんじゃないかな。匂いがちょうど(焦げる)限界ですね。強さもしっかりあるので」

 およそ3時間。手作りのルーが完成しました。

■全ては店の味を愛してくれる常連客のため…父から子へ受け継がれるソース作りのバトン

 中田さんは、大学卒業後に和食店で修業を積み、24歳で家業に入りました。当初は、和食の技術で新メニューの開発も試みましたが、30代になるとある思いが芽生えたといいます。

中田さん:
「お店の味、看板がどういうものかお客さまから教わってくると、変化より守っていくものが見えてきた」

 それまで見えなかった老舗の魅力に気付き、以来ここにしかない味を守り続けています。息子をそばで見守り続ける、父・正己さんは…。

父・正己さん:
「2、3年前から全て息子に任せて、あまり口出ししないように…。これで一安心ですね。私は親父を早く亡くしているもんで、できるだけ一緒にしてやろうと思って」

 最も手間のかかるデミグラスソース作りのバトンは、父から子へ…。老舗の味を楽しみにしている客のために、温かな思いと共に守り継がれています。

■どこか懐かしい優しい味わい…伝統のデミソースで作られた名物「ハヤシライス」

 デミグラスソース作りは、いよいよ佳境に。冷えて固まったルーを割り、デミグラスソースのもとに加えます。

 半分ほどを裏ごししてアクを取り、トマトピューレ、塩コショウなどを加えてじっくりコトコトと煮込んだら、中津軒伝統のデミグラスソースが完成。

 このソースを、炒めた牛肉と玉ねぎにたっぷりと加えた店の一番人気「ハヤシライス」(750円)。中田さんの手仕事が生み出した極上の逸品です。

中田さん:
「熱いし時間もとられるんですけど、お客さんの笑顔とか、感謝の気持ちとか、いい事もそれ以上にたくさんあるので、幸せな時間を過ごしていただければ最高かな」

 うま味が溶け込んだ深いコクに、どこか懐かしい優しい味わい。中田さんは、100年の伝統の味をこれからも守っていきます。

 三重県津市にある「レストラン中津軒」は、国道23号線から一本入った、津中央郵便局の近くにあります。