冤罪で29年の獄中生活を送った布川事件の桜井昌司さんのドキュメンタリー映画が公開されています。壮絶な人生でも底抜けに明るく生きる桜井さん。その原動力や生き方に迫りました。

■捕まった日もがんになった日もすべて「記念日」に…冤罪被害者・桜井さんの半生描いた映画が公開

 大阪市の映画館「第七藝術劇場」。

【動画で見る】冤罪で29年の獄中生活でも“明るい”…布川事件・桜井さんの半生描いた映画 がん宣告でも死が怖くない理由

桜井さん:
「いつも通りの自分がいて、いつも通り喋っているだけのことなんで、何がいいんだろうと」

舞台上ではつらつと話すのは、桜井昌司(さくらい・しょうじ)さん(75)。

冤罪で29年という年月を獄中で過ごしました。そんな桜井さんの半生を描いたドキュメンタリー映画「オレの記念日」が、2022年10月に公開されました。

<映画「オレの記念日」より>
桜井さん(映画内):
「1967年10月10日。夜風に金木犀は香って、初めての手錠は冷たかった」
「1967年10月15日。人をだました心が自分自身をも裏切って嘘の自白をした」
「20歳の秋に始まった記念日、オレの記念日はまだ続く」

 55年前、茨城県で起きた強盗殺人事件「布川(ふかわ)事件」。

当時20歳だった桜井さんが逮捕され、無期懲役の判決。

出所したのは49歳。

その後、64歳で再審無罪に。

桜井さん(映画内):
「去年の9月に病院に行って、がんって診断されましてね」

ステージ4の直腸がんで余命1年の宣告。妻の恵子さんに支えられながら病と闘う中、国家賠償を求めた裁判で勝利を収めます。

桜井さん(映画内):
「努力して努力して、もし目的達成できなくても必ず何かいいことある。私、確信持ってます」

捕まった日も、がんになった日も、すべて「記念日」に。

自身の言葉で困難を乗り越える、桜井さんの生き方に迫った作品です。

■がん宣告受けても「怖くない」のは“成しえた確信”…礎は29年の獄中生活と冤罪の経験

 10月22日、ジャーナリストの大谷昭宏さんが桜井さんと対談しました。

大谷さん:
「お久しぶりでございます!お元気そうで」

桜井さん:
「一応、今のところは元気で生きています」

大谷さん:
「がんという病気を宣告されて。私もがんを患っているんですけど、やっぱりその瞬間ってショックですし…」

桜井さん:
「何もショックなかった。お、来たと思ったんです。自分自身は生きることにはかなり満足しているんですよ。成しえたことに。いつ死んでも怖さも不安もないんですよね。がんになってみて、自分自身の色んな面が見えたっていうかですね。20歳になって死刑が怖くて自白した人間が、がん宣告されて死ぬのが怖くなくなったって、何だろうと思って。成しえたっていう確信なんだって」

「成しえた確信」。その礎となっているのは、29年の獄中生活。冤罪という経験です。

 映画では、若き日を過ごした千葉刑務所を訪ねるシーンも。しかし、恨みつらみは出てきません。

桜井さん(映画内):
「ねーほんとにがんばりましたよ、一生懸命。本当に楽しさしか思い出さないのはなんでだろね」

桜井さん:
「やっぱりあの時間は貴重でしたね。人っていうのはもしかすると、背負えないような苦難に出会うことも大事かもしれない、もしかするとね」

大谷さん:
「刑務所の中で忙しくしていたと、刑務所内で走り回って…」

桜井さん:
「やっていました。がんばっていました。目の前のことを常に一生懸命やろうという意識。人生で1日限りの今日ならば、その1日限りの今を一生懸命すごそうというポリシーでしたらから。人間は一人じゃ生きられないのでね、否が応でも人と一緒に生きる。だったらみんなと楽しくして、みんなを楽しくしてやろうと思ったんです。そういう思いが、もしかすると自分の習性になったのかもしれないです。せっかく生きるんだもん」

壮絶な人生を明るく語れる、強さと優しさ。

「オレの記念日」を制作した、金聖雄(キム・ソンウン)監督。これまでに冤罪をテーマにした作品を撮る中で、桜井さんを10年以上見つめ続けてきました。

金聖雄監督:
「『29年の獄中生活が良かった』とか『捕まって良かった』とか、最初は不思議でしょうがなかったんですけども、不幸かどうかとか幸せだとか置かれている状況というよりも、そこをどう生きていくかということが一番重要なんだなというのはすごく感じて。『俺は俺の場所で精いっぱい生きる』っていう風に、桜井さんの生き方を見て変換できた。自分に勇気を与えてくれた」

■余命1年のがん宣告から3年…出所後は「冤罪犠牲者」のために活動する日々

 10月21日、桜井さんは治療のため京都へ。

余命1年の宣告から3年。手術不可能と言われ、食事療法や民間療法でがんを克服する道を選びました。体重は16キロ減少し、スーツは着られなくなりました。

桜井さん:
「痩せて、ここのところが本当に痛いんですよ、坐骨が。うらやましいですよ、肉のある人が。こんなに大変だとは思わなかった。気力的に大変になりだしたのは、今年に入ってからですかね。すぐ息切れしたりとか、そういう。とても重いもの持つ気になれないとかね、何かをやる気にならないとか。だから休めと言われた」

 出所後も休みはなかった桜井さん。

「冤罪犠牲者の会」を立ち上げ、全国各地に赴いてきました。

再審無罪となった事件に、現在も冤罪を訴え続けている事件。被害者らを励まし、支援しています。

東住吉事件で再審無罪となった青木恵子さん(映画内):
「やっぱり同じ経験(獄中生活)したから。他の人に『寒いでしょ』って言われても『そうなんですよ』って言ってもわかってもらえないでしょ。でも『寒いよね』っていうと、その風景がわかるんですよ」

桜井さん(映画内):
「泣くなぁ~妹よ~♪妹よ泣くな…」

■残りの人生は“司法改革”と「妻と様々な所へ行きたい」…明るく前向きな桜井さん「人生は1度限り」

大谷さん:
「桜井さんが守護神みたいな?」

桜井さん:
「それはちょっと大げさですけどね。自分の経験っていいますかね、冤罪って大変ですけど、いいこともあるんだよということを、できたら仲間に知ってもらいたいといいますか。できればちょっと力になれば嬉しいなって思ってるだけのことで」

大谷さん:
「再審請求のやり方とか、この壁はまだまだ厚いんですかね?」

桜井さん:
「(壁は)厚いとは思っていないんですよね。国会議員を説得すればいいだけで。この件は簡単にクリアできるなと思っていますね。冤罪を作った人に責任を取らせるっていう法律を作れば簡単だと思うんです。本当にまじめな人を守るために、司法改革の中に、偽証したり捏造したりした警察官・検察官はちゃんと責任を取るんだよ、という法律を作ってあげたい。裁判所、検察庁、警察というのは、自分たちは間違わないという主義じゃないですか。そんなことあり得ないよ、人間だから」

大谷さん:
「なんでそれが浸透していかないかというと、世の中の流れが逆になってきていると思うんです。国の流れは、安倍政権以来あるモノないと言ってもいいんだよと。だから、今大きな流れっていうのは、桜井さんの流れと国がやってる流れが、こうなっている(離れている)気がするんです」

桜井さん:
「矛盾が広がれば広がるほど、動があれば反動があるといいますしね。この反動が、道理は正義というのは誰でも求めますもん。いずれはちゃんとした司法になるだろうと、すごく楽観していますね」

がん、そして再審の“重い扉”。正面から向き合いながらも、どこまでも明るく前向きに進むのが、桜井さんの生き方です。

桜井さん:
「残された人生、司法改革をできるだけ成したい。あとは(妻の)恵子ちゃんともう少しあっちこっち行きたい。本当に2人きりで、もう少しのんびりしたいなと思いがあります。人生は一度限り、今日は一日限りとよく書くんですけど、一日限りの今日ならば、明るく楽しくやらなくちゃ損じゃん」

 映画「オレの記念日」は、愛知県では11月5日から11月25日まで、名古屋市中村区の「シネマスコーレ」で上映されます。