名古屋市西区に、熟成させた放牧牛などの最高の牛肉を最適な調理で提供する店がある。作るのは、料理教室などでさまざまなキャリアを積み、2022年、新たな道を拓いた女性料理人だ。牛肉のポテンシャルを最も上げる調理、そして牛肉への思いに迫った。

■丁寧かつ確かな技術で極上の料理に仕立てる…肉の持ち味を最大限に引き出す女性

「ジビーフ」と呼ばれる希少な牛肉を、炭火で外はカリっと焼き、中は最小限に火を通す。脂は少なめ、さっぱりとしながらも、牛肉の力強い味わいが口中に響き渡る。

【動画で見る】最高の牛肉を最適な調理で客に提供…食のキャリア重ねた女性料理人の手仕事「命のリレーのアンカーとして」

女性客:
「お肉が全然違うと思います」

男性客:
「もたれずに食べ続けられるというのがすごいなと思う」

 作るのは藤田純子(ふじた・じゅんこ 50)さん。管理栄養士や料理教室、専門学校の講師としてキャリアを積んで2022年、新たな道を拓いた。

藤田さん:
「こちらで扱っているお肉は、全て生産者の方が思いを持って育てられた牛たちです。命をいただくことを大切に、牛が持つ特長、ポテンシャルを最も上げられるように調理する」

美味しさの秘訣は、食材の持ち味を最大限に引き出す藤田さんの手仕事だ。丹精込めて作られた牛肉を、丁寧かつ確かな技術で極上の料理に仕立てる。

藤田さん:
「何をやるにしても思いがある事。これをやってみたいという事があって、手仕事といいますか、職人の技術が上がっていくのかな。まず美味しいと思っていただいて、どうして美味しいのだろうというところまで興味を持ってくれる方がいらっしゃれば嬉しいなと思います」

■素材の仕入れは「肉のスペシャリスト」から…完全放牧牛や“経産牛”などこだわりの肉

 名古屋市西区、城下町の面影を今に残す四間道(しけみち)。その一角に藤田さんが腕を振るう店「オーロックス」がある。

完全予約制でカウンター7席の小さなお店だが、食通も唸ると評判だ。

 その料理に欠かせないのが、熟成庫で保管された牛肉。

藤田さん:
「これは滋賀のサカエヤさんから送られてきた熟成肉であったりとか、北海道の“ジビーフ”だったりとか、低温で湿度を上げて保管をしている熟成庫になります。これが無くては始まらないものですね」

使う牛肉は全て、滋賀県の精肉店「サカエヤ」から仕入れたもの。

店主の新保吉伸(にいほ・よしのぶ)さんは、肉ごとに適切な水分調整や熟成などを行い、さらに美味しく仕立てる肉のスペシャリストだ。

藤田さん:
「美味しくされた肉を、さらに美味しく焼いてお客さまに伝えるというのが私たちの仕事だと思っています」

 ディナーで人気の「おまかせコース」を提供する、藤田さんの手仕事を見せてもらった。

今回のおまかせコースは1人1万9800円、肉などの内容はその日の入荷状況で変わる。

まずは仕込みから。熟成庫から取り出したのは、北海道の駒谷牧場で育った「ジビーフ」。

使う分だけ肉を切り出し、脂やスジを取り除く。

藤田さん:
「北海道の様似(さまに)というところで、西川奈緒子さんという女性の方がひとりで始められた“完全放牧牛”。草だけを食べて野山を自由に動き回っているアスリート牛ですね。牧草を食べて育った牛はサシがあまり入らないですし、赤身がとても強いので、焼き方を間違えてしまうと硬くなってしまう。そこをうまく、美味しく焼いてお届けするというのがひとつ」

切り出したのは、牛の背中の中央にあたる「リブロース」の中でも、特にきめが細かく旨味が凝縮されている「リブ芯」。

続いて、出産を重ねた「経産牛(けいさんぎゅう)」の熟成肉。経産牛は、水分が少ないので熟成に向く牛。30日から60日ほど寝かせることで、旨味成分が通常の数倍にもなるという。

他にも、近江牛のレバーとハツを切り分け、付け合わせの野菜などを仕込む。

テーブルセッティングを終えると、あとは来店客を待つ。

■「自分がやってきたやり方ではないやり方で」…料理教室の主宰から料理人に転身

 藤田さんは、大学院を出て管理栄養士としてキャリアをスタート。

15年前ほどから東京で料理教室を主宰し、新聞や雑誌、テレビ番組でのレシピ開発や料理本の出版など幅広く活動する中、6年ほど前にターニングポイントを迎えた。

藤田さん:
「第1のターニングポイントは、タンパク質の必要性を伝えたいと思って、それがお肉だと気が付いたところ」

人の体に欠かせない「たんぱく質」の重要性を調理法などから伝える中、行き着いた食材が滋賀の「サカエヤ」の肉だった。店主の新保さんが講師を務める「肉塾(にくじゅく)」に参加し、精肉や食肉の見識を深めると、第2のターニングポイントを迎えた。

藤田さん:
「自分がやってきたやり方ではないやり方で美味しさを伝えたい。今やらないと、年齢的にも体力的にも最後のチャンスと思って頑張っています」

料理人として、貴重な肉の魅力を直接客に伝えたい。その一心で名古屋へとやって来た。

■肉は“焼いては寝かせ”を繰り返す… 味や食感を極限まで引き立てる焼き方

藤田さん:
「いらっしゃいませ」

来店したのは、藤田さんの料理教室に通う夫婦。東京から足を運んだという。

藤田さん:
「本日ご用意しましたお肉になります。内臓とリブロースの食べ比べをご用意しました」

この日のメインは、内蔵とリブロースの食べ比べ。調理はもちろん、接客も藤田さん自ら行う。

はじめにメインディッシュの肉を、火力の強い備長炭で焼きはじめた。

藤田さん:
「最初に強火で表面を焼いて、そのあと弱火で何回かに分けてじっくり中まで火を通して、最後に表面をパリッと仕上げる」

この日扱う肉の中で、一番焼き方が難しいのがジビーフだという。

藤田さん:
「脂がほとんどないものですから、焼いてしまったらすぐに肉汁が出てきてしまう。繊細に焼かないと難しい」

肉汁が出ないよう表面に焼き目をつけ、網からあげ余熱で火を通す。

メインを焼く間に一品目。濾した「さつま芋」を白味噌で味付けした「季節野菜のすりながし」。

女性客:
「美味しい」

すると再び、ジビーフを網の上へ。今度は弱火で…。そしてまた、火から下した。

メインを焼きながら、「近江牛のタルタル」に…。

「ホルモン春巻き」など、コース料理を手際よく提供していく。

その間に、メインの肉は焼いては寝かせてをくり返す。これを藤田さん一人で行う。

藤田さん:
「タンパク質なので、熱を加えると一気に縮むんですね、ギュッと。寝かせるといったんほどけます。また火を軽く入れてあげるとキュッとなって、焼き過ぎると肉汁が出てきてしまう。焼かなかったらグニャグニャした食感になってしまいます」

肝心なのは、程良く水分を保ったまま焼き上げる事。味や食感を極限まで引き立てるため、じっくりと火を加える。

■「命のリレーのアンカーとして」…生産者から託された最高の牛肉を最適な状態で提供

藤田さん:
「お待たせいたしました。こちらがレバーとハツでございます」

メインディッシュで最初に焼き上げたのは、近江牛のレバーとハツ。

中まで火を入れながらも、とろけるような食感を残した。

女性客:
「こんな美味しいレバー、すごいですね」

藤田さん:
「いいレバーは火を通した方が甘みが増しますね。レバーが嫌いな方は焼いた時の臭みが苦手かと思うんですけども、それが一切ないですね、サカエヤさんのお肉は」

続いて熟成した経産牛の炭火焼き。ほど良い脂と、熟成された旨味が際立つひと皿だ。

そしてジビーフ。焼いて寝かせてを繰り返すこと40分。表面はパリッと、中はしっとりふわっと。赤身の旨味をすべて中に閉じ込めた究極の牛肉だ。

男性客:
「食べなれたお肉と違うので驚きがありますし、経産牛とかジビーフもそうですけど、もたれずに続けてどんどんまだまだ食べられるということすら、僕らからしたらすごいなと」

生産者から託された最高の牛肉を、最適な状態で提供したい。藤田さんの思いが、きょうもこの一皿に込められている。

藤田さん:
「命のリレーのアンカーとして思いがある事をお客さまに伝える事ができたら、最終的に目標達成かなと思っております」