2023年9月、もうひとつのWBCといわれる障害者の国際野球大会「ワールドドリームベースボール」が、名古屋のバンテリンドームで行われる。その日本代表選手が名古屋にいる。バイクの事故で左足のひざから下を失ったハンディを乗り越える原動力は、家族の支えだ。

■名古屋の障害者野球チームの主力 義足の日本代表は前回大会の「優秀選手」

 週末に一度、名古屋市守山区のグラウンドで野球に没頭する男性。田中清成(きよなり)さん、34歳。今、普段よりも週末が来ることが待ち遠しくて仕方ない。

【動画で見る】事故で膝から下失うも乗り越える…『もう1つのWBC』へ 障害者の国際野球大会に臨む代表選手の“原動力”

障害者野球の世界大会「ワールドドリームベースボール」。田中さんは2006年に始まり、2023年の9月に5回目の開催を控えるこの大会の日本代表だ。

しかも、戦いの舞台は地元・バンテリンドーム ナゴヤだ。田中さんの所属する『名古屋ビクトリー』から5人もの選手が日本代表入りし、より一層、練習に身が入る週末を過ごしている。

ユニフォームの裾を捲り上げると、そこには義足。12年前の2011年、バイク事故で左足のひざから下を切断した。

田中清成さん:
「障害者になったから、野球できんくなったかなって思ったけど、こういうチームがあったから野球を続けることができたし。チーム入ったことによって、自分と同じ義足の人がいて『こういう風にしたらいいよ』とかアドバイスもらえますし。そういう環境があるかないかでモチベーションがだいぶ違うかなって」

40年以上の歴史を持つ名古屋ビクトリー。手や足に障害を持つ人でも、野球ができる喜びがこのチームにはある。

年齢は10代~80代までの約30人で、最近は若い選手層が厚くなり、春の全国大会を2連覇中と強豪に成長し、健常者のチームとも互角に渡りあう。

田中さんは中心打者として活躍している。上半身主導で、ライナー性の鋭い打球を放つ。

前回の世界大会ではバッティングで世界一に貢献し、優秀選手賞に輝いた。

健常者だった頃と同じようにプレーしたい。だから、生活用の義足でも全力疾走ができるまで己を磨くほど、田中さんにとって野球は特別な競技だ。

田中さん:
「将来プロ野球選手になりたいって、小さいころ思ってましたけど、野球しかやってこなかったんで、ほんと生きがいかな」

■12年前交通事故で左足を切断…今なら事故の相手に「楽しい人生を生きている」

 野球との出会いは小学4年の時。その後も中学、高校、大学と野球にのめり込んだ。

悲劇が襲ったのは2011年、22歳の時。脇道から出てきた乗用車のバンパーと自身の乗るバイクに左足が挟まれ、その場でひざから下を失った。

田中さん:
「皮で繋がっている状態でもなく、本当に自分の横に足が転がったんですよ。きれいにスパッと切れたっていう感じですかね」

事故の相手とは、今まで一度も会っていないという。

田中さん:
「お会いしてお話ししたいですって言われましたけど、話すことないですっていって、それっきりないですね。もうそれどころじゃなかったと思います。本当、精神的におかしいっていうか。ずっと恨んでいましたね。ずっと気にされるようでしたら、気にしないでくださいって。楽しい人生を今生きているんでって。野球ができて、家族ができて、楽しい人生送らせてもらってるんで」

■結婚し3人の子供も…いつか子供たちに「おやじ頑張ってるなって」

 事故から7年後の2018年、妻の愛里加さん(25)と結婚。今では、3人の子宝にも恵まれた。小学校で事務職として働き、愛する家族を支えている。

田中さん:
「想像してなかったんで、事故したときは。結婚できて嬉しかったし、子供ができてめっちゃうれしかったし。おやじ頑張ってるなって思われるような、のちのち分かってもらえると嬉しいかな」

Q.どんな夫ですか
妻の愛里加さん:
「腹立つよな、いつも言うけど(笑)」

田中さん:
「どんな旦那さんって、腹立つよなって…」

Q.野球をやっている姿については
愛里加さん:
「けっこうエラーするよな。エラーするとこっちとしては恥ずかしいからね、マジで」

田中さん:
「適当に『カッコいいです』とか、言えばいいのに…」

愛里加さん:
「前から言ってんじゃん…」

田中さん:
「妻のインタビューカットで…」

少し厳しめの奥さんに押され気味の田中さん。子供たちにも…。

娘:
「シュッシュッポッポ」

田中さん:
「シュッシュッポッポがいい?」

田中さん:
「家の壁に(シールを)貼られるくらいなら、ここに貼ってもらった方がいいんで」

■家族の声援受け試合で大活躍もジャンケンで敗れ…妻「今日は50点くらい」

 野球で活躍する姿を家族に見せたい。5月中旬、障害者野球の全国大会に挑んだ名古屋ビクトリー。家族も応援に駆け付けた。

この日は、バットが絶好調で、トーナメント1回戦では2安打1打点と大活躍し、勝利に貢献した。

田中さんがいないところで、改めて聞いた。

愛里加さん:
「(Q.どんな旦那さん?)優しく思えたから『まあいいな~』って思えたけど、今は優しいというより、頼りになる。食事とか何回も行きたいなと思ったから、向こうから告白されて嬉しい気持ちがすごく高かったから。足のこと言われても気にならなかったし。かっこいいかな」

田中さん:
「好調の秘訣は、子供からパワーもらってることですかね。いっぱいシール張られて、パワーを頂いてます。嫁さんの応援はないんですけど、子供は応援してくれるんで(笑)」

家族の応援に応える田中さん。2回戦でも当たりは止まらず、2試合、全打席で出塁した。

しかし、時間制限の規定で、4対4の同点のまま5回で試合は終了。決着は、特別ルールのジャンケンに持ち込まれた。先に5勝した方が次の試合に進める。

4対3とビクトリーがリーチになったところで、田中さんの順番が回ってきた。田中さんが勝てば、準決勝進出だったが…。

田中さんが敗れ4対4の同点に。結局、最後も負けてゲームセット。

田中さん:
「力入ったな~」

愛里加さん:
「持ってないなぁ」

田中さん:
「俺で決まったのにな~」

田中さん:
「悔しいですね、ここで終わってしまうのは。野球なんで、仕方ない。また次」

愛里加さん:
「今日は50点ぐらい。ジャンケンで勝っていればヒーローなんで、もう20~30点はあげたかもしれない」

田中さん:
「なかなか100点にはならないです。ジャンケンしない勝ち方をしたいですね」

■事故悔やむ祖母のためにも活躍誓う「元気でやってるよって見せられたら」

 次の大きな目標は、9月にバンテリンドームで行われる、“もうひとつのWBC”。田中さんには日の丸で活躍する姿をどうしても見て欲しい家族が、もう一人いる。祖母の田中清美さん(86)だ。

田中さん:
「おばあちゃんが仏壇の前でお経を読むんですけど、その日(清成さんの事故の日)だけたまたまやらなくて。『私がやらなくてお前が事故したんだわ』っていうので、おばあちゃん悔いが残ってるみたいなことを後から聞いて…。『私が代わってあげられれば良かった』っていうのをあとから聞いて、グッときた。世界大会がバンテリンドームでやるので、足なくなりましたけど元気でやってるよってところを見せられたらなって思いますね」

自分が前向きでいれば、愛する人たちも笑顔でいてくれるはず。それがいま、野球を続ける原動力だ。

2023年6月1日放送