故郷の豊かな自然を守りたいと、Uターンして三重県津市で林業家になった男性がいる。男性は100年以上生きる森を守るために、次の世代の人を育てようと力を尽くしている。

■思い出の自然守るため…Uターンし林業家に転身した39歳

 高さ30メートルほどもある大木。

【動画で見る】「木は世代をまたいで長生きする」Uターンした39歳林業家の自然守るための“繋いでいく”後進の育て方

急な斜面に立つ杉の木を、林業家が狙った場所へ切り倒す。

木村寿志(ひさし 39)さんは、生まれ育った三重県津市美杉町で林業を営んでいる。林業家としては比較的若い世代の木村さんは、危機感を抱いていた。

木村寿志さん:
「一次産業全体的にそうですけど、後継者がいなくて高齢化が進んでいる。この地域っていうのを残せるようにしていかないと、結果的に下流流域の大きな被害につながりかねない」

約4万ヘクタールもの森林を抱える津市。それに対し、林業従事者はわずか100人ほどしかいない。

林業家1人が1年間で間伐できる面積は6ヘクタール程度といわれていて、すべての森林を管理するには圧倒的に人数が足りていない。

苔むした岩の間を流れる小川。木村さんが子供の頃に釣りをした思い出の場所だ。

木村さん:
「(魚が)いないね、全然。全然いないね。いやあ、これはちょっとだいぶ変わっちゃったね、川も山も」

魚がいなくなった川。子供の頃と比べて、水位は30センチ以上も減り、川底には土砂がたまるようになったという。

木村さん:
「一見、遠くから見ると緑豊かな美杉地域なんですけど、ひとたび木の下に入ると、真っ暗で下草が何も生えていない。そうすると、そこから流れ出てきた水に泥が混じって、川でも泥が堆積するような状況になっちゃうんですね」

林業従事者の減少で間伐が間に合わず、山は生い茂った木々に日光が遮られている。

故郷の自然が変わっていくことへの危機感が、林業を志すきっかけになった。

■指導は「論理的」「時に手取り足取り」…元銀行マンや公務員を林業家に育成

 木村さんは就職で、一度は故郷を離れた。

大手建材メーカーで、フローリングなどの製品を販売する、営業マンをしていた。

木村さん:
「木材に関心を持った中で建材メーカー、木材を扱う会社に入った訳なんですけど、ほとんど扱っている材料っていうのは外国産材。自分の手で何かもうちょっとできることを探した方がいいんじゃないかと」

自分の力でふるさとの山を守りたいと8年前の2015年、31歳でUターンし、林業家となった。

特に力を入れているのが、後進の育成だ。

木村さん:
「いずれ現役から退いて、さらにどんどん世代交代を重ねていく中で、僕が残せるものって何かっていうと、山を管理できる人たちをどれだけ育てられるか。林業っていうものから、生活の糧を得られる人が増えたらいいなとは思いますね」

2021年には「指導員」の資格を取得した。

今教えているのは、林業とはゆかりもなかった移住者たちだ。

元銀行マンの男性(58):
「(元)銀行員です。農業をしたくてこっちに移ってきたんです」

木村さん:
「彼は元公務員で、去年(2022年)の4月から(始めた)」

元公務員の男性(29):
「僕にとっては…みんながそうですけど、(木村さんは)お師匠さまの一人ですね」

木村さんの指導スタイルは木の切り方について、論理的に説明する。

木村さん:
「(この木の)重心はどこにあるでしょう」

元公務員の男性:
「重心はこの辺かな」

木村さん:
「そうやね、山側にあるから、枯れ木の場合は結構切り込んでいかないと。つるは残って軽いからね、倒れないから」

時には、一緒になってくさびを打ち込み、手取り足取りの指導もする。

■独立した元部下には仕事も…命を繋ぐために「若い世代を育てていきたい」

 木村さんは津市商工会・青年部の「部長」で、積極的に異業種交流をして、林業の仕事を増やしている。

この日は、木村さんの取り次ぎで、仕事を受注した荻野隼(おぎの・しゅん 25)さんも参加していた。

木村さん:
「無事、初出荷を迎えられるということで、次のやつもう決まっているんだよな?」

荻野隼さん:
「決まっています」

木村さん:
「隼君の場合、独立志向が元からあったもんで、お客さん紹介できたのは大きかった」

かつては、木村さんのもとで修行を積んでいたが、荻野さんは2023年春、丸太の製造・販売を手掛ける会社を立ち上げた。木村さんが荻野さんに託したのは、丸太を出荷する仕事だ。

木は、鳥羽市の浦村町に運び、カキ養殖のいかだの丸太に使われる予定だという。カキの養殖が盛んな鳥羽市浦村町は2022年1月、トンガで起きた海底火山の噴火で潮位が変動し、カキ養殖に使ういかだが海に流されるなどの大きな被害を受けた。

木村さんは異業種交流で、いかだ用の丸太が不足していることを知った。

木村さん:
「カキ養殖のいかだ丸太っていうのは、基本的には住宅に使えない細い材なので、一般の市場にはなかなか流れてこない。そうすると、どうやって買ったらいいのか困っちゃう漁師さんの方が多い」

いかだ用の丸太は手間がかかるために出荷が少なく、そこに商機を見出した木村さんは、独立する後輩の初仕事として注文をそのまま手渡した。

木村さん:
「木は100年以上生きるけど、人はそんなに生きないので。できるだけ、僕らの仕事をどんどん世代を通じてつなげていくっていうのが大切なので」

荻野さん:
「(会社の)立ち上げ当初って、売上つくるとかお客さんをつくるって一番難しい面だと思うんで。ゆくゆくは、自分もこれから林業やりたいなっていう方に、何かできるぐらいの存在になっていけたらなと思っています」

木村さんは若手へ仕事を繋ぐことは、山を守ることにもなると考えている。

翌日、荻野さんの初仕事となった丸太は、養殖業者のもとに届けられた。

養殖業者の男性:
「これだけ(節が)なかったら上等やろ」

約150本の丸太を届け、客からの評判も上々だ。

養殖業者の男性:
「こういう風にカキのいかだのためだけに作業して作ってくれるということで。材料として確保ができるようになったということは、うちら生産者としても助かっております」

仕事のお礼にと、両手いっぱいに牡蠣をもらった荻野さん。

木村さん:
「どうよ、隼君、おいしい?」

荻野さん:
「最高です」

木村さん:
「自分らの職場からの栄養分が流れてきてからの、しかも自分らの木を使ってくれての話やから、こういうの大切よね」

荻野さん:
「より一層おいしくなりますね」

地表に注ぐ光は豊かな山を作り、遠く離れた海に恵みをもたらす。林業家が故郷の自然を守っている。

木村さん:
「木という、世代をまたいで長生きする生き物を相手にやっていくためには命をつないでいかないと、仕事つないでいかないとできない仕事なので。次の世代、その次の世代、どんどん続いていくその流れの中を止めないように、若い世代を育てていきたいなと思っていますね」

2023年5月8日放送